「………ねぇ、せんせい?…せんせいがキスしかしてくれないのは……わたしが子供だから?」
花火を見上げたまま、打ち上げる音にかき消されそうな小さな声で、突然、少女がそう聞いた。
意味を理解するのに数秒かかり、その分答える時間は無い。
「………どうしてかなっておかぁさんに、聞いたら…子供っぽいからそんな気起こらないんじゃない、って……」
三月さん三月さん三月さん三月さん三月さんっっアンタ何考えてんだよ!!!
そう言われれば、少女がどうにかしようとするのは火を見るより明らかで。
間違いなく彼女はワザと、そう言ったのだ。
「………大人っぽく、ってどうしたらいいか…わかんない、けど……せんせいのワイン特集の記事で…最高のグラスは好きな人からの…って…書いてあったから、だから………」
グラスを置いて、髪を耳元で押さえて。
本当にゆっくりと、今上がっている花火の色に染まった音のない光景が流れていって。
ふわり、と彼女のコロンが香った。
「……………っっ…」
冷たいワインを飲み下してから、とりあえず肩を持って少女をどける。
「………………。」
声はしないけど、泣いてるのはわかる。
泣かせない努力をしている、つもりだったのに。
「…確かにアンタが子供だから、なんだけど。」
小刻みにふるえる肩に頭をあずけて、彼はため息をついた。
言いたいことが上手くまとまらなくて、けれど一時でも、彼女をそんな気持ちのまま置いておけない。
「でも、子供っぽいからそんな気が起こらないんじゃなくて……そんな事したら泣いちゃうんじゃないかって…嫌われるのが、怖かった、から。」
「………………え?」
「…だからっ…ビビっちゃって手が出せなかったのよ!………ゴメン…不安にさせたわね……」
ぷるぷると首を振って。
平気です、とまだ震える小さな声で言う。
自分が怖じ気づいて逃げていたそれを、17歳の女の子に言わせてしまった事。
どれほどの勇気と覚悟を必要としただろう。
笑おうとしている少女に、胸が痛くなる。
年の差があって、自分の特殊な仕事のせいで会える時間も限られてしまっている。
『何にもされない』ことはきっと、少女にとって自分が考えていた以上に重大な意味を持っていたのだろう。
『好きだ』とか『愛してる』とか言うだけで、ちゃんとした恋人同士のキスさえしたことが無くて。
知らないうちに子供扱いしていたのかも知れない。
花椿は、さっき少女が置いたグラスを取ってワインを含み、そっと口づけた。
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