蒼い光でライトアップされた吊り橋を一望できるホテルの最上階。
視線をずらせば、大きな観覧車にもピンクの光が図形を描いていて。
その隙間を埋め尽くして、延々と続く車のヘッドライトの白とテールランプの赤。
あふれそうな光に、窓際で目を奪われている君。
その横顔に見とれている人間は世界中で自分だけ。
しあわせよね……。
心の中で呟く。
動いたり喋ったりしたらすぐに壊れてしまうこの世界を、少しでも長く見ていたいから。
ピンポンピンポンピンポーン。
「あれ?」
「…チッ………」
少女が我に返ってしまったのを見て、思わず舌打ちした彼が振り返ってドアに向かった。
「花椿様!丸中でございます!!お手の具合はいかがでしょうか?いえね、私少しワインに凝っておりましてですね、自宅から特別に大切にしていた物をお詫びに持って参りました!ワインはお好きでしょうか!?」
満面の笑顔でまくし立てる男の胸ぐらを掴み、部屋の中に聞こえないように押し殺した声で囁く。
「……今すぐ消えねェと、歯ァ二、三本無くなるぞ?」
「…ハッ…?お取り込み中…でしたでしょうかっ…?………申し訳ごっ!!」
しっかりとワインのボトルをむしり取ってから男を蹴り出し、ドアを閉める。
「せんせい?お客さん、誰ですか?」
少女が可愛らしく小首を傾げるのに、明るい笑顔を返して。
「ん?…ボーイよ?ワイン一本サービスだって。」
ボトルを示しながらついでにラベルを確認する。
特別に大切にしていた、と言うだけあって、日本ではなかなか手に入らない銘柄のヴィンテージ物。
「わたし初めてですっ。もうすぐ花火も始まるし、ロマンチリクルですねぇ」
「そうねー…って、アンタも飲むの?」
「えっ?ダメ、ですか?」
「うーん……ワインって結構アルコールきついのよねェ。酔っぱらっちゃうわヨ?」
一緒に飲みたいのはやまやまだけど、ホントにやっちゃいそぉだから…という本音は、言えるハズもなく笑顔に隠す。
ラベルのフランス語をアルファベット読みして、少女が嬉しそうに笑った。
「きもちよく、してくれるんでしょう?」
「…は!?」
思わず落としそうになったワインをかろうじて押さえ、慌てて聞き返す。
「………きもちよく…?…って、えーと?」
まさかとは思うが、もしもそういう意味であれば、『誰が?』などと言おうものなら台無しだ。
凝視する彼に不思議そうな顔をして、少女が言葉を継いだ。
「???ワインって、人を和ませてきもちいい気分にしてくれる癒やし系のお酒だって、せんせいが書いてたでしょう?…こないだ発売された雑誌に。」
「…………………書いた、わね。そういえば。」
「あの、わたし…なにか変なこと言いました?」
天然だワ…天然小悪魔の異名はダテじゃないわネ……
ガックリと肩を落としたのを見て、少女がますます不思議そうに彼を覗き込む。
自分がつけたあだ名の妙を感じながらも、まんまるい瞳に心の中を見透かされそうで、花椿が飛び退いた。
「イイエ!?なんにも変じゃないわヨ!?…えと、そうそう!ワインを飲むのよね!」
「飲んでいいの?ホントに?やった!」
「………(しまった)。」
嬉々としてグラスを揃えて、仕方なくコルクを抜く花椿の手元を期待に満ちた瞳で見つめる。
「ハイ、乾杯。…ま、初めて飲むならおいしいモンじゃないでしょうけど。」
「ありがとう」
渡された自分のグラスの赤紫色をライトに透かし見てから、こくん、と一口。
「…………どう?」
「………甘い?ような…苦いような…わかんない、です。」
「アハハ。まぁ、そうでしょうね。」
「でも、おいしくなくはないですよ?…今までに味わったことない味です。不思議な味!」
ボボン!ドン!!パラパラッ……
「あ!!花火、始まりましたよ!」
夜空に大輪の華が次々に開いては、キラキラと余韻を残しながら消えていく様に少女が歓声をあげた。
「す…っごい…キレイ……」
時々ワインを口に運びながら空を見上げている、花火より綺麗な君。
少しずつ色づいていく少女の頬が、今まで見たどんなものよりも美しくて。
だんだん、自分の心臓の音が打ち上げ花火の音よりも大きく聞こえてくる。
「………み…」
「あ、そぅだぁー!わすれてたっ。ちょっと待ってて!」
み〜ゆ〜う〜〜〜(泣)
キスしようとしたところをするりとかわされ、泣きが入った花椿をよそに、彼女が部屋のライトを全て消して回る。
「三優ぅ!?」
続いて、動揺して声がうわずる彼の腕を取って、ベッドに移動。
「………あ、のー……」
これは……!!でも、イヤ、待って、ええェェー!?
明らかにそっち、と思われる少女の行動。
爆発しそうな心臓を抱え、花椿は少女の言葉を待った。
「…ねっ!こっちの方がキレイに見えるでしょ?…ほら、観覧車のイルミネーションも花火の時は消してるんだ。」
ぽよん、とベッドに飛び乗り、自分に寄りそってくる少女。
「…はぁー…もぅ、アンタって娘は………」
深呼吸して心臓をなだめる。
こんなに安心しきっているのに、泣かせたり怖がらせたりしたくない。
ぴったり密着してくる少女から逃げてベッドに仰向けに寝転び、努めて花火に目をやって。
泣かせない努力なら惜しむつもりはないワ…かなり苦しいケドね……
そう思っていた。
きっと、こんなことで辛いのは自分だけ、と。
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