「あれ、まどか。早かったじゃん」
奈津実がイヤミを含ませて言うと、まどかはチッと舌を鳴らした。
「……遅れたからバイク飛ばして来てん。けど、おまえはなんや?」
「?何って?」
「親友の彼氏やろ。悪いと思わんのか?」
「はぁ?」
思わず、彼と顔を見合わせて。
同時に漏れるのは、苦笑。
「ぶ…くくっ……な、なに、アンタ。ヤキモチ?」
「な!何を言うとんねん、俺はただ……!」
軽口に真面に反応してしまう彼に、こうじゃなくちゃね、と奈津実は満足げに頷いた。
そんなことを思われているとは知らず、まどかは眉間に皺を寄せて言いつのる。
「……ただ、が可哀想やろと思ただけや。あいつの性格からしたら、こんなとこ見たら落ち込むやろ」
その言葉に一瞬ヒヤッとして、奈津実は横目で天之橋を窺った。
今ここでそんなことを言わなくたって、とタイミングの悪さを嘆きながら、外見は変わりない彼を少しだけ気遣ってしまう。
そんな彼女の様子を敏感に感じ取り、まどかの機嫌はますます悪くなる。
「ホンッマ、見境ない奴やで。おまえやったらの性格くらい分かっとるはずやろ。
面白がって軽はずみに行動して、結果どうなるかっちゅーのんを考えへんのか?」
「ま、まどか!」
「おまえが何しようとオレはどーでもええけどな、んなけたくそ悪い真似だけは」
その時。
ぼぐ、という鈍い音がして、勢いよく喋っていたまどかが半分つんのめるようにしゃがみ込んだ。
「……ってえ!なんやねん!!……て、!?」
彼の後ろには、バッグの紐を両手で持って睨み付ける少女の姿。
どうやらそれをまどかに向かって振り下ろしたらしい。
あっけにとられる三人を余所に、少女はすたすたと奈津実の傍に戻ると、殊更に怒った顔を作って彼を見下ろした。
「まどかくん」
「、なんでここに」
「謝って」
「え?」
「なつみんに謝って。いくらなんでも、言っていいことと悪いことがあるでしょっ」
初めて見るその表情は、妙な迫力に満ちていて。
彼女が本気で怒っていることを悟らざるを得ず、自然と勢いが弱くなる。
「せ、せやけど……オレはが可哀想やなあって思て」
「そんなことして私が喜ぶかどうか、まどかくんには分かるでしょ」
「……そらそうやけど……やけど、オレかて別に……」
「本気で言ってないならなおのこと!謝らないなら、なつみんは渡さないからね!?」
ぎゅ、と奈津実の腕を抱きしめて、少女はべっと舌を出した。
それに、思わず素で反応する。
「えぇ!?ちょ、ちょい待ち!今日のチケット、オレ徹夜で取って……!」
「ならさっさと謝る!」
「……………んな……」
床に座り込んだまま、まどかが見せた情けない表情に。
奈津実は我慢できずに吹き出すと、けたけたと笑い出した。
「なつみん!笑い事じゃないよっ」
「あ、あは、はははっ……も……もーいいよ、まどかも懲りたでしょー」
「………そう?」
「つ、つーかアタシ、これ以上されたら笑い死にそう」
バカなんだから許してやりなさい、と聞こえよがしに少女の肩を叩いて、奈津実は涙を浮かべた瞳でまどかを振り向いた。
「さーて、おデートに出掛けよっかな?姫条君。当然、今日は全部キミのおごりだね?」
「……かっとるっちゅーねん」
「よしよし、素直でよろしい。じゃね、にリジチョ。アタシは美味しいものでも食べに行くから」
「み、店は決めた通りやからな!」
「いやいや、今日の気分はなんてゆーかなあ……中華か和食ってカンジ?」
「あ〜、おまえ、マジで言うとるやろ!ネタちゃうやろソレ!?」
「アンタじゃあるまいし」
賑やかに言い合いながらぴらぴらと手を振り、奈津実はまどかを連れて店を出て行った。
後に残ったのは、二人。
「……大丈夫かね?」
彼女が怒ったところを見るのは初めてではなかったが、少しムキになっている気がして、天之橋はまだ入口の方を向いたままの頭をそっと撫でた。
しばらく黙り込んでいた少女が、ぽそりと呟く。
「……天之橋さん」
「なんだね?」
「私……言い過ぎたかも」
途端に、今度は天之橋が小さく吹き出して顔を背けた。
ハッとそれを振り返り、口元を覆って肩を揺らしている彼を見て、頬に朱が昇る。
「わ、笑わなくったっていいじゃないですか!だって、悪いのはまどかくんだしっ」
「そ、そうだね。彼が本気でないのは分かったけれど、少し口が滑りすぎていたね」
「でしょう!?私のためーとか言って、嘘ばっかりっ」
改めて憤慨する彼女を、まだ笑いの収まらない瞳で見返して。
天之橋は小さく息をつくと、少し膨らまされた頬をすっとなぞった。
「そう、だね。……私は、君のそういうところが好きだよ」
「え?」
「優しさとか気配りとか、素質ではなくて。君の行動そのものが、ね」
「あ、天之橋さん?」
一瞬怪訝な顔をしかけた彼女が、ふと気付いたように目を見張って。
かあっと頬を染めると、拗ねたように彼の袖を掴んだ。
その手をするりと持ち上げて、天之橋は身を屈めてキスをする。
「……言い訳ではないよ?私の可愛いお姫様」
「も、もぅ分かりましたから止めてください〜」
ますます赤面して、蚊の鳴くような声で哀願する彼女に、とろけそうな笑顔を向けて。
天之橋はその耳元に口を寄せると、本心だよ、と囁いた。
FIN. |