「…………」
コホン、と何度目かの咳払いをして、天之橋は目の前のドアを見つめた。
物心ついたときから見慣れた、自分の部屋。当然、今まで入るのを躊躇うことなど一度としてなかったのに、どうしても気後れする。
今、中に彼女がいると思うと。
中に入ったら、まず、挨拶して。
学園のパーティはいつもと変わりなかったと、少しその話をして。
部屋やツリーは気に入ったかと問えば、きっと彼女は嬉しそうな笑顔を返してくれるはず。
ああそれとも、もしかしたら待ちくたびれて眠ってしまっているかもしれない。
そうしたら多分、自分はしばらくそれを眺めて、でも一緒に過ごす時間が勿体なくて、そっと抱きしめて起こしてしまうのだろう。
目を覚ましたときの、彼女の照れたようなむくれ顔が想像できて、知らず口元に微笑が浮かんだ。
けれど。もしも、彼女が来ていなかったら。
もしかしたら、何か急用ができたかもしれない。普通ならそんな場合は連絡をくれるけれど、何らかの理由で連絡が取れない可能性だってある。
積み重ねた経験の所為か、楽しみにしている予定が駄目になったときのことも想像して身構えてしまう自分に苦笑しながら、天之橋は携帯を取り出してディスプレイを確認した。
着信の記録はない。
ふ、と少しだけ息をついて、天之橋はドアをノックした。
目に飛び込んできたのは、ツリーに向かっている少女の姿。
どうやら、ノックの音もドアを開ける音も耳に入っていないらしい。床には飾りが種類別に分けて積み上げられていて、そこからひとつずつ取ってはツリーに飾り、少し離れていちいちバランスを見ている。
一体いつからそうしているのかは分からないけれども、全く手をつけられていないプレゼントを見ても、彼女がずっとそれに熱中していたことは明らかで。
天之橋は堪えきれず、ドアに凭れてくくっと笑った。
「……?あ、天之橋さん!」
「おや」
気付かれてしまったかと内心呟いて、体を起こそうとした、彼に。
「おかえりなさい!早かったですね〜」
ぴたりと、天之橋の動きが止まった。
「お仕事、お疲れ様でした。まだ飾り付けの途中なんですけど……おなか、すいてます?」
「……………」
一瞬、別のシチュエーションが浮かんで、頭が真っ白になる。
こんな時のために、どうするか考えていたのではなかったか。そう思って、先程ドアの前で考えていたことを思い出そうとするけれど。
そう、とりあえず、挨拶をして。挨拶?
「……………ただいま、」
いくら逡巡してもそれ以外に言える台詞がなかったので、天之橋は少し口ごもりながらそう告げた。
途端に、同じことに気付いたのだろう彼女が、頬を染めて俯いてしまうから。
つられて赤面しそうな自分を叱咤して、重ねて返事をする。
「一応、パーティで軽い食事はしたのだが……君は?」
「あ、ええっと……私も、ここに来る前に少し……」
ぽつぽつと返される言葉にそうかと答えて、天之橋はゆっくり近づきながら話題を変えた。
「君が好みそうだと思ったのだけれど、気に入ってもらえたかな」
そう言うと、少女はぱっと顔を上げて、まだ赤い顔のままで嬉しそうに微笑んだ。
「あ、このお部屋ですか!?すごいです、もう、感動しちゃいました!
なんだか別の世界にいるみたいで……すごくきれい」
「それはよかった」
その反応は予想通りだったけれども、予想以上に心が暖かくなるのを感じて、天之橋はそっと彼女の顎を掬い上げた。
ぴくんと反応する彼女の唇に、触れるだけのキスをひとつ。
いつまで経っても慣れることがない彼女の瞳は強く瞑られて、ますます赤らんだ頬に触れると熱があるかのように熱い。
無意識なのか、自分の袖をきゅっと握りしめてくる彼女に、もう一度キスを落としたとき。
小さな音楽が鳴るのが聞こえた。
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