「……ずっと鞄の奥に入れてて……なくなるはずないのに、ある日見たらポーチごと失くなってて……」
「…………」
「家も学校も探したんですけど、見つからなくって……もうどうしたらいいのか、分からなく、なって」
「」
「ごめん、な、さい。せっかく、いただいたの、に……」
「。話を聞きなさい」
ふわりと頭を撫でると、少女は我に返ったように瞳を上げた。
すっかり濡れてしまった頬を、指で拭って。
自分にも責任があるから、笑い出したくなる気持ちを堪えて、口づける。
「泣かなくても大丈夫だよ。指輪は……」
説明に困り、口ごもって。
結局、天之橋は無言でスーツの内ポケットに手を入れると、小さな布の袋を取り出した。
「ああっっ!!?」
見覚えのあるそれに、少女が遠慮のない声で叫ぶ。
がしっと腕を掴まれて、苦笑しながら渡すと、彼女は慌てて中身を確認した。
「……どうして……!?」
掌の上に転がり出た銀色のリングを見て、驚愕の瞳がこちらを向く。
さて、いったいそれをどう説明したものだろうか?
悩みながら、天之橋は二週間と少し前のことを思い返した。
◇ ◇ ◇
二週間と少し前。
天之橋は、不可抗力で酒の入ってしまった少女を連れ、すでに数回経験したことのある行程を辿っていた。
「……ごちそうさまでしたっ」
お目当てのケーキを食べ終わった少女が、ご機嫌な様子でソファに座る天之橋を見上げる。
少しだけ浮かない顔の彼が、それでも優しく微笑むと、嬉しそうな笑顔を返して。
直に座っていた床から立ち上がってバッグを取り、少女はケータイを取り出しながらとてとてと近づいてきた。
「家に連絡するのかい?」
「んー」
質問に生返事を返し、よいしょよいしょと呟きながら膝に乗られるのに、苦笑。
ぴっぴっとメモリを操作して電話をかける少女が言い出すことを、天之橋はもう止められるとは思っていなかった。
「……おかあさん?あのね、きょうね、あまのはしさんとおとまりなのー。
だから、かえらないから。ね?」
予想通りの言葉。
彼女が酔っていることに気づいたらしい母親が、笑いながら何か言うのが聞こえた。
「え?……あまのはしさんに?」
「?」
「かってもらって、いいの?……うん。わかったー。」
ぱち、と。
ケータイを閉じた彼女に瞳で促すと、少女はにこっと笑って応えた。
「おかあさんがねー。きのうとおんなじふくでがっこうにいくのははずかしいから、かってもらいなさいって」
「……………」
「いちにちくらい、せんたくしなくても、だいじょうぶなのにね?」
へんなおかあさんねー、と呟く少女に、思わず頭が後ろに倒れた。
彼女はどうも、世俗的なことを娘に教えて面白がるきらいがある。
そうして得た中途半端な知識を、彼女が無邪気に訊いてきたりするので、天之橋は半ば本気でその対処に困っていた。
「あまのはしさん?」
脱力して天井を見上げる彼を、少女は不思議そうに覗き込んで。
脈絡もなく、きゅーっと首に腕を廻してしがみつく。
「あまのはしさん。おふろ、はいる?」
「!!」
その台詞と手に触れた素足の感触に、天之橋が急いで体を起こしたとき、弾みでバランスを崩した少女の足がバッグを蹴倒した。
「あっ!」
ばさばさ、と中身をぶちまけながら落ちるそれを見て、少女は慌てて床に降りて。
散らばった小物をかき分けて小さなポーチを見つけると、ほっと息をついて大事そうに握り込む。
謝りながら鞄の中身を拾い集めていた天之橋は、ふとそれに気づいて尋ねた。
「……それは?」
「…………。おしえないっ」
何故か急に不機嫌になった少女に首を傾げると、彼女は何かを思いついたように黙り込んだ。
少しだけ、考えて。
視線を手元に落としたままで、呟く。
「……あまのはしさん」
「なんだね?」
「まえに、ゆびわくれたよね。そつぎょうしきのあと」
「……?ああ」
教えないと言った割には、分かりやすい言葉。
それに苦笑しながら、天之橋は頷いた。
すると少女は、複雑そうな顔を崩さずにじっと彼を見つめた。
「あれって、どうしていっこなの?」
「……え?」
「ふつう、ゆびわって、ふたつじゃないの?」
その意味に、もう一度苦笑して。
「言っただろう?あれは約束ではなくて、一方的な誓約だと」
だからひとつで良いのだよ、と柔らかく微笑む彼に。
少女はぽつりと言葉を返した。
「それって……どういういみ?」 |