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 未来予想図 1 

がちゃん。

耳障りな音がして、机の端に置いていた愛用のティーカップが床に落ちた。

「……………。」

先ほどからずっと苛々していた気分が、それで逆に沈んでしまう。
執務机に肘をついて、天之橋は指で額を押さえ深い深いため息をついた。

仕事など、こんな状態で捗る訳がないことは分かり切っている。
それでもこの一週間、急ぎの仕事や重要な仕事を前倒しで終わらせて、朝晩の別なく職務に没頭した。
そうしないと嫌な可能性を考えてしまいそうになるから。

彼の少女とほとんど連絡が取れなくなって、既に二週間近くが経つ。
初めは、大学の講義やレポートが重なって時間が取れないという言葉を笑って聞いていた天之橋だったが、そのうち他にも理由があることに気づかざるを得なくなった。
会えないことより何より、稀に連絡が取れた時の彼女の態度はどう考えてもおかしくて。
まるで、自分に会いたくないかのような様子で口ごもり、話を逸らし、沈黙する。
彼女にも何か事情があるのだと、そう思って躊躇していたけれども、旧い知り合いである彼女の母親から冷やかし半分で連絡が入る段になって、黙ってはいられなくなった。

どうしても自分でなければならない仕事を終わらせて、残りは秘書に任せ、いざとなれば二・三日時間を取れるよう設定して学園を後にする。
カリキュラムは変わっていないはずなのに、大学の前で待っていても会えないことは分かっていたので、天之橋は最後の手段とばかりに彼女の親友に連絡を取った。

嘘をついて呼び出してもらうという卑怯な方法しか手がない自分に、やりきれない思いのままで。

 

◇     ◇     ◇

 

ショッピングモールに着いて車を駐車場に止めると、天之橋は足早に目的地に向かった。
指定された場所は、映画館の前。
親友からその誘いを受けた少女は、さほど迷うこともなく了解したという。その事実が、心に重い。
もしかすると、彼女は自分の姿を見ただけで帰ってしまうかもしれない。騙して呼び出したのだから、それは仕方がない。
ただ、少しで良いから話がしたい。それも無理ならせめて、一目でも顔を見ることができたら。
そんなことを忙しく考えていた思考が、ある店の前でぴたりと止んだ。

店の前に、ショーウインドウを覗き込むように……二週間ぶりの姿。

思わず、今まで考えていたことも忘れて足が向いた。
少女は後ろから近づく自分に全く気づかない様子で背を丸めて屈み込み、低いショーケースを眺めている。
子供がお菓子を欲しがっているような可愛らしい仕草に、少しだけ気持ちに余裕ができた気がして。
気づけばショーケースの左右に手をついて、後ろから覆い被さるように囁いてしまっていた。

「何か……欲しいものでもあるのかい?」
「……!!」

少女は弾かれたように頭を上げて、彼の肩に勢いよくぶつかった。
そのまま硬直してしまう彼女に、ため息。

「……すまない、。藤井くんに無理を言って、君を呼び出してもらったんだ」
「!?」
「その……少し、話ができないかと思って……でも、都合が悪ければ帰っても構わないから……」

無意識なのか、すっかり逃げ腰で周りに視線をやっている姿に、無理強いができる訳もなく。
天之橋は弱気な口調でそう言うと、閉じこめるように遮っていた手を離し、振り向かない彼女を解放した。

「……………」
「……………」
「……?」

沈黙に耐えかねて肩に手を置くと、ビクリと身体を震わせる。
ぷるぷると首を振り、少女は後ろ手にショーケースを隠すようにしながら、泣き出しそうな顔で振り向いた。

「ち、ちが……違うんです、天之橋さん……私、わたし、別に、ごまかそうとか、そういうつもりじゃ……!」
「……?」
「ちょっと、あの、見てただけで……わたし、ずっと天之橋さんに言おうと思って、でも言えなくて、
 でもこのまま黙っていようとかそういうつもりじゃなくて……嘘じゃないです、ほんとうです!」
「???」

要領を得ない言葉に、首を傾げて。
見ていただけという台詞にふと気づいて、彼女が隠そうとしている後ろを覗き込む。
そこには、少女が自分で購入するような類ではない、アクセサリーのショーケース。
高額な値札が付いているそれらを見、天之橋はますます首を傾げて、繰り返した。

「……何か、欲しいものでも?」
「……………」
「あ、いや、別に詮索するつもりではないのだが」

途端に俯いてしまう少女に困り果て、言葉を探す彼に、思い切ったような小さな呟きが聞こえた。

「……天之橋、さん……」
「なんだい?」
「わたし……わたし、……」

ぽそぽそと呟く声はどんどん小さくなって、聞き取れない。
天之橋はもう一度息をつくと、少女の頬に指を滑らせて顔を仰向かせた。
その瞳は、今にも涙を零しそうなほど潤んでいて。
しかし、彼に触れられることを拒否するような素振りはない。
それだけで、自分でも驚くくらい安堵してしまっていることに苦笑して。

「大丈夫だから、言ってごらん。何かあったんだろう?
 ひとりで悩むよりも二人で考えた方が、良い考えが浮かぶかもしれないよ」

そう言って優しく頬に口づけると、少女はまた俯いて、ぐすぐすと涙声になりながら答えた。

「わたし、な……失くしちゃったんです……」
「?何を?」
「あの……前に、あの、卒業式の次の日にいただいた……」
「え?」
「………………指輪を」

ごめんなさい、と身体を二つ折りにして頭を下げる少女を見て。
天之橋の瞳が、見開かれた。

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