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 Long Road 2 

つい、ため息が出てしまう。

机の上には未決済書類の山。
毎日、常よりも長く仕事をしているはずなのに、何故か全く進まない。
重要な契約書類をノーチェックで通しかけたり。
書類の提出期日をすっかり忘れていて、当日に慌てて仕上げたり。
実際にミスは出していないものの、効率の悪い仕事内容は明らかで、天之橋は自分が情けなくなった。
私事を職務に持ち込むような人間だとは、思っていなかったから。

それでも。
気分転換、と自分に言い訳をして、窓から昇降口を見下ろすことが……今日だけで既に5回。
そして。
今日も、見てしまう。

同じクラスの男子に呼び止められて振り向き、可愛らしく首をかしげて。
何事か促されて頷き、肩を並べて下校していく……少女の姿。

あれ以来、彼女がこの部屋のドアを叩くことはなくなった。
それが何故かも分かっている。
同じ生徒という立場でありながら、あの一年生の女子生徒を蔑ろにして自分を優先しようとしたことが、純粋に彼の気遣いだと信じて疑わない少女。
理事長がそんなことをしてはいけない、という彼女の台詞が胸を突く。
それをさせないために、自分から足を遠ざけているのだろうと……
分かっていて、どうすることもできない。

それでもそれは、彼女が言ったような理由ではなくて。
理事長としてではなく一人の人間として、純粋に彼女を手放したくなかったから。
天之橋は窓枠に手を突いて嘆息した。

もしも、今。彼女が来たいのに来れないのならば、どうにかして誤解を解いて迎えにも行くだろう。
けれども、来なくなった彼女は同年代の友達と楽しそうに過ごしていて。
今まで自分がその邪魔をしていたのではないか、という確信に近い疑問に苛まれる。
確かに。自分と過ごす放課後は彼女にとってほぼ毎日で、ごくまれに来ない日を不思議に思うほどだった。
それは、たくさんの友達と遊んだり話したりするのが常である高校生の生活からすれば、特異なことに違いない。

そんなことにすら、気づけていなかった。
自分の傍で、彼女はいつも楽しそうな表情を隠さなかったから。


とんとん、とノックの音がした。
分かっているのに。ドアの外に期待を掛けてしまう自分に、自嘲を含んだ苦笑が漏れる。
ドアを開けに行く気力が無くて返答を返すと、おずおずと開けられた先には予想通りの姿。
天之橋は笑顔で彼女に座るよう勧めた。

いつもの雑談。
しかし、日が経つにつれて、その中に友人達との会話が増えていく。
そのことに純粋な満足を覚えた。
編入したばかりで周りに溶け込めず孤立していた彼女も、この数日で大分変わってきたらしく、教室を一人で移動したり昼食を寂しく食べるような事もなくなったようだ。
内気ではあるが、元々性格に問題のある子でもない。
この分なら、もうすぐ完全に馴染んでしまうだろう。
そうなれば自分の役目は終わりだ、と考えることに、反発を示すような彼女の感情に……気づかない訳ではない。
けれども。

「そろそろ、帰った方がいい。そうしないと家に着く頃には暗くなってしまうからね」

そんな言葉を、努力せずに言えること。

「……体育で、足を?それはいけないね」

そんな理由がなければ、送っていこうと思わないこと。
無意識に考えてしまう様々なことから、自分の中で既に出ている答えに、目を背けることはできなかった。

 

◇     ◇     ◇

 

いつものように車を運転して、校門を出る。
隣には、足に包帯を巻いた少女。
「大丈夫かね?」
口では気遣いながら、密かに周りの目の方が気になる。
「はい……有り難うございます」
照れたような答えに、罪悪感がつのった。
それを隠すように。信号待ちで止まって、笑顔を向ける。
「家は……確か、臨海公園の近く、だったかな?」
そう言うと、彼女は嬉しそうに頷いた。
「そうです。覚えててくださったんですね」
「……少し、編入するにしては時期はずれだったから……ね」
「でも、嬉しいです」
告げられる嬉々とした台詞に、思わず言い訳をしかけて。
息を呑んだ。


彼女の背後に見える、商店街の歩道。
店先の商品を手に取り、友達となにやら囁いて笑い合う少女の姿。
傍にいる彼のことは、天之橋も知っている。
彼女と同じクラスで、モデルなどという仕事をしている所為か少し醒めた瞳が印象的な彼が、あんな風に笑う所など見たことがなかった。

二人は、どう見ても仲の良い友達か……それとも恋人同士といっても過言ではないような態度でじゃれあっていて。
触れあう肩、撫でられる頭、拗ねたような態度で叩かれる彼の腕。
ずきりと走る心臓の痛みに、思わず胸を押さえた。

「……理事長?どうか、しました?」

視線を遠方から直近に戻すことに、眩暈を感じる。
一瞬だけ彼女を見て、なんでもないと呟くと同時に。
吸い込まれるように戻した視線の先で、少女がゆっくりと振り向いた。


瞬間。
自分が、何を望んだか。


こちらを見て、天之橋に気づくと。
少女は少しだけ微笑んで、会釈をした。

普段と何も変わりのない、その様子。
彼女が傷ついた表情や責めるような表情をしてくれるとどこかで思っていた、浅ましい期待に。
気づかずにいられなかった。

自分が他の人間といて傷つくということは、少なくとも自分を気にしてくれているということで。
責めるというのは、自分の傍の位置を彼女が欲してくれているということ。
しかし、現実の彼女は。平素と変わらない表情で他人行儀に会釈をし、すぐに友達に顔を向けてしまう。

彼女が他の誰と仲良くしていても、それはただ自分勝手な嫉妬の対象になるだけで。
本当に心臓が悲鳴をあげるのは、自分が何とも思われていないことなのだと。
実感を伴う理解に、眩暈が酷くなった。
動けない視線の先で、少女の背を押して歩道側に行かせながら、彼女の横の彼が一瞬だけ責めるような視線を送ってきた気がした。

無意識に。
天之橋は、目を逸らした。

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