人影が少なくなった放課後の教室。
今日は三年生だけ授業が一時間短かったせいで、常ではやっとHRが終わる時間にはもう、皆は思い思いの場所へ散っていた。
日直の日誌を書き終わり、立ち上がりかけた少女に声が掛けられる。
「……さぁ。ちょっといい?」
振り向いた先には、今にもため息をつきそうな親友の姿。
授業が終わって、あとは遊ぶか帰るかだけの放課後、彼女がこんな表情をすることは滅多にない。
「?どうしたの、なつみん?」
「あのさ。……とりあえず一緒に帰らない?」
少女は不思議そうに、でも申し訳なさそうな表情で鞄を取り上げた。
「あ、ゴメン。ちょっと……約束があって」
「どうせ葉月でしょ」
どこか不機嫌な様子で、断定する。
確かにそれは、事実だったけれども。
「……どうしたの?」
重ねて問う親友に、奈津実はついにため息をついた。
「葉月なんかほっといていいよ。帰ろ」
「ほ、ほっといてって……」
困惑する顔を見て、なにか言いかけて。
思い直し、話し始める。
「んじゃ、ここでもいいよ。……最近さぁ。一体どうなってんの?」
「え?……なに?」
不審そうな奈津実に返す言葉は、いつもと変わりなく。それが歯痒くて仕方ない。
もうはっきり言わないと、と思い切り、奈津実は相談されるまで踏み込まないと決めていた枷を断ち切った。
「なにって、理事長の事よ。アンタ、あんなに通い詰めてたのに、どうして最近行かなくなったの?」
少女の瞳が、少しだけやるせなくなった。
それでも笑顔で、答えを返す。
「別に……理由なんてないけど。行かない日があったら、行きづらくなっちゃって」
「それだけ?」
そんな韜晦を許す奈津実ではない。
追求すると決めた以上、彼女の言葉に容赦はなかった。
「なんでも、アンタの代わりに毎日理事長室に入り浸ってるコがいるっていうじゃない」
そう言った瞬間、少女はすっと時計に目をやり、時間を確認した。
まるで親友から目を逸らすかのように。
それでいて、声はまだ平素を保っている。
「知ってるよ。一年の子でしょ?」
「知ってるって……もしかして、会ったの?」
「会ったっていうか。前、水族館で天之橋さんといたときに、ちょっとあって。
理事長室にいるのも見たし、昨日は天之橋さんと一緒に帰ってたし……」
「ちょいまち!」
彼女の台詞を手をあげて遮って、奈津実は視線を厳しくした。
「帰ってたって。まさか車で?」
「え?うん。車以外に何があるの?歩きでは帰らないでしょ、さすがに」
冗談ぽく笑う表情は、どう見ても普通で。
だからこそ奈津実には、彼女の無理が見えてしまう。
「……アンタ。何でそれを許してるのよ」
「え?」
告げられた台詞に驚いた様子で、少女は口ごもった。
「な、なんでって言われても……」
「そこは私の場所だって言えばいいじゃない」
「…………私、そんなこと言う権利ないし。天之橋さんが良いんだったら、別に……」
奈津実は胸がムカッと昂るのを感じた。
冗談ではない、いい加減にしてほしい、と。もどかしく思う気持ちが一気に湧き上がる。
「あー、そう。アンタはそれでいいのね?」
「…………」
いい、とはさすがに言い切れなくて。でも、嫌だとも言えない。
しばらく迷って、少女はついに声音を揺らめかせた。
「だって。だって、気を遣われるの……」
「気を遣ってるのはどっちよ!!」
語気強く責められて、泣きそうになる。
せっかく、考えないようにしていたのに。
大分、繕うのにも慣れてきたのに。
親友の追求が、否が応でも本心を暴いた。 |