「そうだね……。そして君は見違えるほど素敵なレディになって、最高の花嫁さんになるんだね」
「本当にそう思いますか?」
驚いたような彼女に、私はわざと大袈裟な表情をして見せた。
「これは心外だな。私が君に嘘を言うと思うかい?
あの時も言ったろう?……君が一番きれいだ、って」
そう告げると、彼女は目を見張って私を見上げた。
深刻な話にならないよう戯けたつもりだったけれど、失敗してしまっただろうか?
内心気が気でない私に、少女はゆっくりと俯くと、ぱっと勢いよく顔を上げた。
「理事長。ひとつだけ、お願いしてもいいですか?」
「なんだね?」
常と同じ声音に、少なからずほっとする。
「すごく変なお願いで……、子供の戯言と思ってくださっていいんですけど」
突拍子もないことを言い出す時、そう言って先に自分を気遣う癖も、在学中と変わりない。
甘い切なさが降りてくるのに気づかないふりで、私も以前のようにウインクを返した。
「構わないよ。私に叶えられることならなんでも言うと良い」
「じゃあ、私がこれから言うことを、黙って聞いて……あ、聞き流してくれていいんです。
それから、“そうだね”って、言って頂けますか?」
「………?」
確かに変な願いだ、と思いながらも、私は無言で頷いた。
それに、微笑んで。
彼女は瞳を閉じて話し始めた。
「三年前。……私には、好きな人がいました」
「!」
「本当に愛してたのかどうかは分かりません。でも、そのひとの傍にいることが倖せだった。
あの頃の私は今よりもっと子供だったけれど、それだけは絶対に本当でした」
「……、くん?」
思わず呼ぶと、にこりと笑って唇に指を当てる。
その仕草よりも寂しさを含んだ表情に、私は口を噤まざるを得なかった。
「そのひとは、いつでも私の傍にいて、いつでも私の欲しい言葉をくれました。
それが全部、本気の言葉でなかったことも分かっています。でも」
胸の前で、小さく指を組んで。
「私は、それが本当だったらいいと、いつも思っていました。
そのひとにとって、私だけが特別で、私だけを見ていてくれたらって。
……私のことを、好きでいてくれたらって」
眩暈のするような誘惑に眩みそうになって、私は思わず口元に手を当てた。
「三年間、ずっとそんなふうに思っていたくせに。私は、最後の最後で逃げたんです。
彼の気持ちも自分の気持ちも、確かめるのが怖くて。家に帰って布団を被って、一日ずっと動けませんでした」
きゅ、と。
組んだ指を胸元に引き寄せて、苦しげに呟く少女。
初めて聞く彼女の気持ちに、胸が押し潰されるようだった。
自分が彼女を苦しめたのか、と思って。
そんな気持ちを見透かしたように微笑むと、彼女は目を開けて私を見た。
「……天之橋さん」
卒業以来、聞くことの無かった呼び名に、思わずビクリと身体が震える。
「私……あなたが好きでした。きっと、あの教会の前で出逢った時から、ずっと。
遅くなってしまったけれど、返事を聞かせてもらえませんか?」
瞳を見開いたまま、私はその場に立ち竦んだ。
彼女の意図することが、分かったから。
高校時代の淡い恋心を、思い出に昇華するために。
心の整理を付けるために。
「私、あの時、告白しなくて……よかったんですよね?
このまま、結婚して、倖せになれますよね?」
そんな過去形の言葉に、酷い後悔が襲うけれども。
私はなんとか、笑みを浮かべることに成功した。
彼女に会うのはもう、今日が最後。
今日一日を乗り切ってしまえば、後の自分がどうなろうと知ったことではない。
彼女の人生の新しい門出に、せめて彼女の役に立てるなら。
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