そう思って、頷こうとするのに。
そうだねと、彼女が望む相槌を打とうとするのに。
私の口からは、掠れた息が漏れるばかり。
見つめたまま離せない彼女の瞳に、少しだけれども揺れ動く感情があるような気がして。
これが本当に最後のチャンスなのかもしれないと、過ぎ去る前に気づくことが出来たのは初めてで。
私はついに、自分の感情に負けを認めた。
「……私は本当に、愚か者だね」
深い溜息をついて、小さく首を振って。
「申し訳ないけれど、君の願いを叶えることはできない」
「………え?」
「在学中の私の言葉に、ひとつとして嘘や誤魔化しはなかったよ。」
「………!」
予想していなかったのだろう、その言葉に、彼女が息をのむのが分かった。
「私は、君に恋しているんだ」
卒業式に伝えようと、何ヶ月も考えた言葉。
それを口に出す日が来るなんて、思ってもみなかった。
けれど。
自分の勝手な感情で、今更彼女を不幸にする気もない。
「でも、それとは別に、君は結婚して倖せになれるとも思うよ。
何も心配しなくていい。君は絶対、倖せになれるから」
在学中によくしたように、彼女の髪を梳いて頭を撫でる。
ベールや髪型を崩さないよう注意して動く私の手を視線で追い、少女は我に返ったように瞳を瞬かせて。
ふるりと頭を振って私の手を振り払うと、すっくと立ち上がりいきなり、自分のベールに手をやった。
「い、たたっ」
「!?」
ぶちぶちと鈍い音がして、ピンで厳重に留められていたベールがむしり取られる。
「こ、こら、!髪が!」
私の叫びに構わず、彼女はアップにしていた髪を解きぐしゃぐしゃとかき回すと、続けてきれいにメイクされた顔をごしごしと手の甲で擦った。
かちゃんと、乾いた音を立ててティアラが床に落ちる。
「!やめ…!」
慌てて止めても後の祭りで、整えられたメイクはこれ以上ないくらい崩れ、純白の手袋には様々な化粧品の汚れができている。
それを見て私が悲痛な顔をすると、彼女は初めて私を見上げた。
その表情は在学中によく見た、悪戯っぽい笑み。
「天之橋さん」
「あ、……あ?」
「今までの言葉に嘘はないって言いましたよね?」
「……?」
「三年の発表会の時のこと、覚えていますか?」
ハンカチを取り出して彼女の顔を拭いながら、咄嗟に意味が分からない私に、彼女はとろけそうな顔をして両腕を差し出した。
「このまま、家に連れて帰ってください」
ぐちゃぐちゃに乱れた髪、汚れたドレス、捨て置かれたティアラ。
ルージュのラインを頬まで引いたぼろぼろのその顔が、先程の完璧な姿よりも輝いて見えたのは、気のせいだろうか?
未来は無限に広がっている。
彼女の目の前にも、そして私の前にも。
FIN. |