そっと、ドアノブを廻す。
普通の式場であれば、式直前の花嫁に会えるのは親族か同性の友人だけで、自分などは介添人に止められてしまうのだろう。
しかし幸いというか、ここは自分の経営する学園内。介添えも立てないささやかな式で、それを咎める者などいはしなかった。
中にいる人物にまで気づかれないようにするつもりはなかったので、かちゃりと音を殺さずにドアを開けると、真っ白な衣装に包まれた彼女がふと振り向いた。
「理事長」
顔立ちは大人びたけれど、ふわりと微笑む表情は三年前から少しも変わっていない。
立ち上がって挨拶しようとする彼女を手で制して、私は少しだけ笑顔を作った。
「これはこれは……美しい花嫁さんだね。準備はもう終わったかな?」
「はい。私の方が時間が掛かるから先に終わらせて、みんなは今、彼の方の準備をしてくれてます」
その言葉に、感情を顕さないように。
かすかに頷いて、私はゆっくりと歩み寄った。
「そうか。あっちの方もすぐすむということはないだろうからね。
……ではその間、少し話し相手になって頂けるかな」
「はい、喜んで」
くすくすと笑い、さらりと衣擦れの音をさせてこちらに向き直る彼女に、言葉を奪われる。
純白のドレス。
上質のシフォンジョーゼットのベール。
美しく煌めくティアラ。
メイクアップアーティストである母親に仕上げられたのだろう、メイクも完璧に整えられていて。
初めて見る、最上級に着飾られた彼女の姿に、状況も忘れて感嘆の溜息が漏れた。
彼女はそんな私の視線に恥ずかしそうに笑い、やがて気づいたようにぺこりと頭を下げた。
「そういえば、ありがとうございます。教会の使用許可を出してくださって」
その言葉に我に返り、私も微笑みを返した。
「いや。君の願いを叶えられるなら、私も嬉しいよ」
「ですけど、ずっと開けずにいらしたのでしょう?無理を言ってしまったのではないですか?」
「……開けずにいたわけでもないのだけれど、ね」
思わずそう漏らすと、一瞬、彼女の瞳が揺らめいた気がした。
それはきっと気のせいに違いない。
「ああ、気にすることはないよ。
花椿などは誰も近づかないからと言って、こっそりと昼寝の場所に使っているようだしね」
「花椿せんせいが、ですか?……ふふ、せんせいらしいですね」
その証拠に、そう言って笑う彼女はやはり、平素と変わらない屈託のない表情をしていて。
思わず安堵してしまった自分に、一瞬後に苦笑した。
あれから三年の月日が経っても、自分は全く成長していないらしい。
自分の想いに関わる可能性よりも、無機質でも穏やかな現状を維持できることに安心を感じてしまうようでは、どんなものも手に入れられはしない。
そう、分かっているのに。
「懐かしいな……、あの頃が」
そんな彼女の独り言めいた呟きに、咄嗟に言葉を返せなかった。
あの頃。
三年間という期限付きの想いであることを分かっていて、私は彼女を愛した。
いつもくるくると表情を変える、愛らしい少女。レディを育てることが夢だった私は、彼女こそ自分の理想のレディになると確信し、その成長を手助けしようとして。
迂闊にも、彼女自身の魅力に囚われた。
いい年をして20も年下の少女に心を奪われるなど、笑い話にもなりはしないけれど。
それでもあの頃の自分は、その想いをとても大事に思っていた。
自分の中の何よりも優先させ、いつも彼女の姿を追い、少しでも共に居られることに喜びを感じた。
もしかしたら彼女も少しは同じ気持ちで居てくれるかもしれないと、勝手な期待をしては打ち消していたあの頃。
三年の月日は無情にも終わりを告げ、その最後のチャンスに逃げたのは、自分の方。
そんな私に、今の彼女に会う資格など無いのかもしれない。
けれど、彼女が望んだというその願いを、自分が叶えてあげられることが純粋に嬉しかった。
|