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 届かない言葉を君に 4 

「おっはよ〜!!」

学園の校門を入ったところで、そんな大声と共に、いきなりカバンがぶつけられた。
「痛っ!!」
思わず悲鳴が上がる。転びそうになるのをかろうじて堪えて、少女は後ろの犯人を睨み付けた。
「なつみん〜!いったいよ!」
「あ、ゴメン、痛かった?……つい、イキオイついちゃって」
そこには、予想通り親友の姿。
いつもと変わらないようだけれど、少しだけ心配する色を見取って、少女はぶつけられた肩をさする。
「ついじゃないよ、もう。あちこちアザだらけなんだからね!」
「ゴメンってば!……階段から落ちたんだって?ドジだねっ」
でも大事なくてよかったじゃん、と向けられる笑顔に、微笑みを返したかったけれど。
現実が、それをさせてくれない。

「あんなの聞いたら、誰だってびっくりするよ。……なつみん」
「ん?」
「私……フランス行くんだって。おかぁさんの、仕事の都合で。夏休み入ったらすぐ……だって……」
「……は?」
その言葉に、思わず立ち止まって。
奈津実は目を見開いた。
「フ……フランス?!夏休みなんてあと一週間しかないじゃん!?なんで、いきなりっ……!」
「なんか、大きな仕事が入って……一年くらい帰って来れないって」
寂しそうに告げられる台詞に、言葉が出ない。
少女はショックを受けている親友に、少しだけ表情を明るくさせて笑ってみせた。
「なつみんと離れるの……寂しいけどさ。長いお休みには帰ってこれるし、電話もメールもするよ。
 向こうでの生活も、まあ、全然興味ない訳じゃないし……大丈夫、何とかなるでしょ!」
「……!?」
その言葉は、強がりではなくて。自分を誤魔化しているのではなくて。
寂しいのと、新しい生活への期待が、半々くらいの態度。
奈津実は慌てて彼女の台詞を遮った。

「ちょ、ちょい待ち!、理事長は!?」
「え?……理事長??」
きょとんとした顔で復唱される呼び名に、物凄い違和感。
知らず、奈津実の額を冷や汗が伝った。
なんだか、とても……不吉な予感がする。

「アンタ……まさ、か」
「やぁ、お早う。藤井くん、くん」
ふいに掛けられた、話題の当事者の声。
少女の名前を呼ぶ声が、思い切り優しい。
「階段から落ちたんだって?大変だったね。お見舞いに行こうかとも思ったけれど、今日には学校にも来れると聞いたものだから。
 ……大丈夫かい?」
微笑んで掛けられる、彼女の無事を確かめて安心したような、甘い声に。
「あ。おはようございます、理事長」
しかし、彼女は一礼して『受け答え』をした。


「………は?」


その思いは、奈津実も同じ。
「もう大丈夫です。ご心配をお掛けしてしまって申し訳ありませんでした」
「……あ、いや……」
「では、失礼します」
まるで知らない人のように、少女は平然と背を向けた。
「なつみん?遅刻しちゃうよ、行こ?」
言いながら、足は既に歩き出している。
とりあえず後を追いながら、奈津実がちらりと目をやると、彼は呆然とした表情でその場に立ちつくしたままだった。

  

◇     ◇     ◇

  

「なんか……いやだ」
「え?」
奈津実が追いつくと、足早に昇降口へ向かいながら、少女は眉を顰めている。
「変なの。あんなに優しそうな人なのに、……イヤなの。会いたくない」
「…………?」
「なんか、怖い。あの人ってどういう人なのかな?」
信じられない台詞。
会いたくない、という言葉よりも、嫌という言葉よりも。

黒い深淵を覗き込むような気持ちで、奈津実は恐る恐る問いかけた。
。……アンタまさか、覚えて……ない……の?」
「何を?」
誤魔化しではなく、本気で不思議そうな彼女。
その瞳の色は、以前と少しだけ……しかし決定的に違っていた。
「何をって……!!」
言及しかけて、躊躇って。
しばらく迷った後、奈津実はため息をついて肩を落とした。

「……アタシ、ちょっと急用が出来たから。授業サボるよ」

こんなとき頼れそうな人間は、一人しかいなかった。

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