アンコールの歓声が、さざ波の様に消えていく。
両側から手を取られたウエディングドレスの三月。
スポットに煌めくパールが、ヴェールにもドレスにも散りばめられて光る。
ステージの真ん中、二人に手を離された三月が少し不安そうに彼等を見た。
それぞれの旋律を弾きながら、静かなステージに響く声。
どこまでもつづくとしんじていたわけじゃない
けれど かわらないともおもってた
たのしいじかんはまたたくまにすぎさって
けれど えいえんとおもってた
それぞれのひとがそれぞれに じぶんのはねをさがしにいく
ぼくは なくすものなんかなにもないから
もうすこしだけきみとまどろんで いたいんだ…
終始、静かなまま歌い終わって。
二人が、スポットの中の三月に跪く。
潤んだ瞳からこぼれる涙が幾筋も頬を伝い、やがて堪えきれなくなったように三月が二人に抱きついた。
涙声で、耳元で呟く。
「ありがとっっ……大好きよ、二人とも…」
花椿が言葉を紡ごうと口を開き、しんとした空気を切るように片手が三月の背に触れかけた。
本当に、一瞬だけ、早く。
三月は立ち上がって、スタンドマイクに向かい合った。
「みんな、今日は一緒に歌ってくれてありがとう。すごく楽しかった ……もうすぐ卒業で、みんなにも会えなくなるけど最後にすごく楽しい思い出ができました。………実は今、おなかに赤ちゃんが眠っています。」
ザワリと客席が動く。
空気が別の物質の様に重く、動く事を邪魔する。
ステージの上の彼等は、本当にゆっくりとスポットを振り返った。
「相手は幼なじみで、特にこだわらないから籍も入れないし結婚もしないつもり…一緒には住むけど。だからウエディングドレスなんて着ないと思ってたけど……やっぱいいよねウエディングドレス!」
観客の中でも、特に女性がうんうんと頷く。
あちこちからキレイ、おめでとう、と声が飛ぶ中。
凍り付いた二人の瞳に映る、今まで見た事も無いほど綺麗な彼女。
「ありがと 最高のクリスマスプレゼント、貰っちゃった!みんなにもメリークリスマス!!」
◇ ◇ ◇
ガンガンする頭で二人は屋台のおでん屋にいた。
幕が降りてから、そんな大事な身体でなんて無茶をするんだ、と二人に同時に怒られ、舌を出して首をすくめた三月は小さな声でごめんなさい、と告げた。
「だから言うつもりなかったんだけど。ウエディングドレスなんて着せられちゃってさ、嬉しくって」
さあ、打ち上げに行こう!と張り切る三月を二人掛かりでタクシーに押し込めて、運転手に財布にあるだけの札を握らせる。
「この人がどんなに降りると暴れても絶対に降ろさないでヨ!!!」
花椿の迫力に運転手がひきつった顔で何度も頷く。
小一時間経った後、三月の自宅の電話に本人が出たのを確認して。
ヘタリこんだ花椿を引きずる様にして馴染みの店に連れ込んだのだった。
「何なのヨォ〜何なの〜あの展開はァァ〜〜!」
「…………………」
「幼なじみィ!?そんなのアリ!?ないでしょ〜普通!!」
「…………………」
「………ナニ黙ってんのヨ!アンタだって振られたクセに人事みたいに!!」
「………いや…気持ちは分かるが…さすがに飲み過ぎだろう花椿……」
店のオヤジが注いでいるのは三本目の一升瓶。
浴びるように飲む親友と、素直に弱音を吐けない自分。
ずっとそうやってきた気がする。
いち早く傷の癒えた親友が今度は、引きずって落ち込む自分を無理矢理遊びに連れ出して。
これが最善の結果なのかもしれない。
彼女はあんなに嬉しそうに笑っていた。
きっと幸せになる。
強くて優しい母親になる。
自分の恋人にならない、それだけの事。
少し自嘲的に苦笑しながら、それでも輝くような彼女の笑顔を思い出し胸が熱くなる。
口に出す事もなく終わらせる想いは、今は何とか封じ込めて。
酔い潰れて眠った親友を担ぎ上げ、タクシーを拾う。
ずっとそうやっていくのだろう。
これからも、ずっと一緒に。 |