理事長室のソファにだらりと寝そべり、新聞に目を通す花椿。
天之橋はいつものように執務机に座って、残っていた数枚の急を要する書類に目を通していた。
うららかな春の午後。
彼女の煎れているお茶の香りが部屋に広がっていく。
無意識なのだろう、鼻歌程度にハミングされたそのメロディーに二人同時に顔を上げる。
花椿が、彼女を驚かさない様にゆっくりとした動作で聞き耳を立てながら上半身を起こした。
改めて聞くと、小さな小さな声だがはっきりと覚えのある歌詞が聞こえた。
執務机に目をやると、天之橋も何とも言えない顔をしてこちらを見ていた。
「…ね、ねぇ三優?……それって…誰の歌?」
「え…?あ、やだ…聞いてたんですか?誰の歌か、はっきりは知らないんですけど…」
少し頬を染めながら恥ずかしそうに指を遊ばせる。
「え、と…母がよく子守歌に歌ってくれてたんです。昔、プレゼントされた歌で、その人は母の事が好きだったんですって」
「は!?」
素っ頓狂な声を上げて立ち上がった花椿に、三優がビックリして持っていた茶碗を落としかけた。
「え…?何ですかっ?」
「い、いや!何でもないんだ!そうだろう花椿?」
「あ…エェ!ただ…なんか…良い歌だから作ったのが素人だって聞いてビックリしただけヨ!アハハハハ…ハ…」
「やっぱりせんせいもそう思います?わたしもこの歌大好きなんです!でもこの歌って、作詞と作曲が別の人で親友同士で、しかも二人とも母の事が好きだったんですって。素敵な話ですよねぇ〜」
なんで知ってるの!?と言いたいのを堪えた結果、無言になってしまった二人に気付かずに慎重にカップにお茶を注ぐ三優。
やがてお茶が入りましたよ、と彼女が笑った。
「それでですね、わたし三歳の時母に『お腹の中で何をしてたの』って聞かれて、歌ったらしいんですよこの歌。全然覚えてないんですけどね」
「………………」
「………………」
耳まで赤くなった二人は、しばらく喋れずに黙々とお茶を飲んでいた。
FIN. |