「コレクションは学祭前日なの。ちゃんと出るわヨ 一緒に練習は出来ないけど、とちったりしないワ」
「良かった …最後の学祭だもんね、頑張ろーね!」
にっこり笑った彼女が拳を握る。
そう、最後なのだこの関係も。
二人同時にそう思いながら、穏やかな笑みを頬に張り付ける。
昼休憩終了のチャイムを聞くとすっ飛んで校門を出ていった花椿を見送って、天之橋は彼女の手を取り校内に向かった。
この二ヶ月がどんなに早く過ぎたか、私は忘れないだろう。
時間など無いかの様に瞬く間に飛び去って行く最後の時。
笑顔を絶やさない彼女の傍らにいても、そこにいない彼を思っていた。
彼女の為に、そして何より自分の為に彼は闘っている。
彼女の事を想うのが許されるのは、少ない休息の時間にだけ。
人気デザイナーのショーなのでチケットは取れず、側にいてやることも励ましてやることも出来なかった。
やっと連絡してきたのは深夜。
もう時計の針は真上で重なろうとしていた。
『………終わったワ…』
疲れきった声、力無い口調。
彼がどんなに死力を尽くしたか理解出来た。
「よくやった。お疲れさん」
そう言ってねぎらうと、フフ、と笑って。
『明日はアンタにも同じ目に遭ってもらうわヨ?』
クスクス笑うと同時に向こうで受話器がゴトンと音を立てた。
どうやら眠ってしまったらしく、それきり応答が無い。
受話器を置いて、ソファに深く沈んで目を閉じる。
これで、明日という運命の日は確実に来てしまう。
正面からぶつかる事がもう恐くは無い。
自分達は、これからも変わらないのだ。
ずっと、ずっと。
◇ ◇ ◇
学祭当日は晴れやかにやってきた。
午後になってやっと現れた花椿の姿を校門で待ち受け、三月が首に飛びつく。
どうやら昨日連絡を貰ったのは自分だけであったらしく、何故電話してくれなかったのか、どこにも行かずに待っていたのに、と怒りながら大成功を祝っていた。
三人で露店を廻り、はしゃいだ彼女を両側から見つめる。
ステージの最後、果たして彼女はどうするのだろう?
どちらかの想いを受け止めてくれるのだろうか?
ぐるぐる巡る思いを吹き飛ばすように、笑って。
やがてステージの幕が開いた。
最初の一曲からのハイペースで観客は波がうねるように立ち上がった。
元々大学内では有名人の三人組。
三月の歌声に引き込まれるように、客席が持ち上がったり、胸に手を当てて聞き惚れたり。
なるべくスポットも当てないからピアノだけ弾いていればいい、などという当初の約束は守られるはずもなく、バラードのソロでは弾いている自分の椅子に三月が歌いながら座り、背中でもたれかかって来る。
真っ白な光の中、観客の声もなく、聞こえるのは愛を語る彼女の歌声だけ。
歌いきった三月が笑顔で礼を告げ背を向けると、すぐに沸き起こったアンコール。
舞台袖にはけた花椿が、三月の手を引いた。
「お色直しヨ、三月さん」
そこには純白のウエディングドレスが掛けられていた。
彼女の為にデザインして、彼女の為に制作された、彼女のドレス。
息を飲んだ三月の瞳が、潤んでいた。
「…キレイ……」
「イイ出来でしょー?このマリエ、苦労したのヨォ!」
「取りあえず、カーテンコールと行こうか?もう一度出なければ治まらないだろうしね」
天之橋が片目を瞑ると、ドレスを抱えてコクコクと頷き指を一本立ててカーテンの陰に消える。
一分待て、ということらしい。
三月を見送った花椿と天之橋が、視線を合わせた。
ただ、お互いニヤリと笑って、拳を突き合わせ、彼女を待った。 |