お祭りをしている大学の表通りからは大分離れた中庭の、駐輪場に面しているそこに、彼の借りの住まいがあった。
テントとはいうものの、しっかりした作りの本格的なアウトドア用品で、厚いシートで外部と遮断された空間にはファンヒーターやソファまで備わっていた。
「なんか落ち着くわね〜、ここ。」
ソファにポスンと座って部屋を見回しながら言う彼女に、苦笑しながらポットを火に掛ける。
男の部屋で落ち着いてどうすんのヨ。
「それはそうと、何のんきにお茶なんか沸かしてんのよ、さっ早く。脱いで!」
「ぬっ!?えっ…ちょ、ちょっと…待って!!」
つかつかと歩み寄って何のためらいもなく帯を解き始めた彼女に、花椿が慌てて前をかき合わせた。
「何よ〜、それ脱がないと直せないでしょ?」
「だからっ、今着替えるから!」
「ヒーター入ってるし、さほど寒くないわよ、男でしょ?スパーンと脱ぎなさいよ、スパーンと!」
「ひ…ィヤーッ!ヤメテ〜!」
「うるさい、何を騒いでいるんだ花……椿………」
テントの入り口をまくり、そう言いながら酒瓶を携え入って来ようとした一人の青年。
帯が落ち、肩がはだけ、半裸になった親友と、見知らぬ女性がその服に手をかけている光景を唖然として見つめ、それから急に回れ右した。
「しっっっ、失礼!!」
「「は?」」
大慌てで出ていった青年を見てテント内の二人が同時に疑問符を浮かべ、自分たちの状況を確認する。
「ち、違う違うっっ!服作ってるだけなんだから!!あんた行って呼んで来なさいっ!」
「へ?だってアタシこんなカッコだし…」
「あたしこの春から復学するんだから、言いふらされたら困るのよ!?つべこべ言わずに行けーー!!」
「は……ハイィ!!」
叩き出されて五分後、青年と一緒にテントに戻って来た彼は歯の根が合わぬ程震えていた。
青年が上着を着せ掛けていたが、胸の大きく開いたスェードのジャケットは殆ど防寒具の役目を果たさず喋ることもままならない状態。
とりあえず上手く説明出来ないので来い、と連れてこられたらしい青年は困ったように目を伏せている。
「あのねェ、どこをどう見たらそういう風に見えるの…っていうか普通逆でしょ!?あたしが脱がされてるんだったら分かるけど。」
「………あ…の…(ガチガチ)」
「……いや…いつもの癖で声も掛けずに入ってしまって…」
「………ねェ…?…(ガチガチ)」
「だーかーらぁ、そういう事してたんじゃないの!真冬にテントでヤらないでしょ普通!?」
「………ちょ…っと…(ガチガチ)」
「私も迂闊にもそう思っていたものだから…これからは充分気を付けるよ。」
「………………(パタリ)」
「きゃあ、ちょっと!大丈夫!?あんた何で服着ないの!?」
「お嬢さん…多分、その手に持っているのがコイツの服だと思うんだが…」
「あら、ホント…いけない、すっかり忘れてた。じゃあ、あたしチャッチャと作っちゃうから、あんたそのお酒お湯割りにして飲ませてやってくれる?…ホラ!いつまでもそんなトコに倒れてたら邪魔でしょ!?寝袋にでも入ってて!」
「…あ……あぁ…」
「…………(ズビッ)」
それぞれ指定された場所に大人しく散り、脇目もふらず縫い始めた三月を遠巻きに眺める。
青年はマグカップを持って、寝袋にくるまっていもむし状態の親友に這い寄り、小声で聞いた。
「……それで、どういう事なんだ花椿?」
「えぇとね、ホラ、前に話したでしょ?同業者の…小澤三月さん。」
「あぁ、そういえば…」
彼が、毎月買っている大量のファッション雑誌の中の1ページを自分に見せた記憶がある。
確か単身で世界各国を巡っている子供服のデザイナーだとか、同じ大学だとか…その他は話が専門的になってしまって覚えてないが、記事の写真が大分若く言い換えれば幼く見えたので、世界中を一人で旅しているという事に少し驚いて。
デザインに共感が持てるから会ってみたいと親友が言うので、有名になれば会えるかも知れないと笑ったのだ。
「その彼女が、どうしてここでお前の服を作っているんだ?…有名人なんだろう?」
「そりゃ、デザイン界では若手トップだもの。…なんでここに居るのかはこっちが知りたいけど。」
「うるさいっっ!!」
布と格闘している彼女に一喝され、二人は首を縮めて俯いた。
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