「……出来たーっっ!!」
彼女がそう叫んでパッタリと後ろに倒れた。
時計の針はもうすぐ真上で重なろうとしている。
テントの隅で息を詰めていた男二人も一斉に安堵の息を吐く。
「ねェね、着てみてよ。」
先程とは別人の様にニッコリと微笑んだ三月が寝返りを打ち、服を持った腕を隅っこに伸ばした。
花椿がそれを受け取り、寝袋からもぞもぞと這い出してふわりと羽織る。
「…………どう?」
少しだけ不安そうな顔。
あちこちひっくり返したり姿見に映したりした後で、花椿が真剣に頷いた。
「さすが、だと思うワ。倍くらい厚みが増してるのに少しも線に響いてないもの。へぇ、袂が袖になってるのね。」
言いながら袂を引っ張って、青年にウインクする。
「悪いわね、一鶴。」
「……一つ貸しだぞ。」
「だってアタシじゃないもの。」
「………何の話?」
怪訝そうに聞く三月に花椿が、何でもない、とひらひら手を振って。
殆ど跡形もなく解体されたスェードジャケットの残骸と道具類を鼻歌混じりに片付けた。
「あ、そうだ。忘れてた…あたし、小澤三月と言います。しばらく休学してたんだけど、この春から復学するの。ヨロシクね!」
正座してペコリと頭を下げた三月に、慌てたように男達が居住まいを正して名乗る。
ひとしきり話した後、花椿が当たり前のように酒瓶に手を伸ばした。
「じゃ、お近づきの印ってコトで」
「馬鹿!こんな時間にこんな所で女性に酒を勧めるやつがあるか!」
眉を寄せて親友を叱った天之橋が、申し訳無さそうに三月を見る。
腕を組み難しい顔をした彼女に、気を悪くしないでくれ、と言おうとしたのに。
「う〜ん…それは正論だけど、何かする気ならとっくにヤってると思うしね。じゃあ軽〜く一杯だけ」
「小澤さん!」
「三月でいいわよ。さぁ、天之橋くんもグラス持って!」
「し…しかし……」
「ハイハイ、分かったから。…ハイ、乾パ〜イ!!」
「お疲れ様でした〜!!」
「お疲れ〜〜!!」
「う…しかし私が呑んでは送って行けなくなるし…」
「……天之橋クン? し つ こ い 。(ニッコリ)」
「……………」
天之橋はうすら寒いものを感じ何とか笑みを顔に張り付けて、はしゃぐ花椿の隣に移動した。
次の日。
『じゃ、あたし帰るからー』と彼女がキスを投げたテント内の男達は起きあがる事も出来ず。
くるくるとバッグを振り回しながら帰っていく彼女を目で追いながらどちらともなく溜め息を吐く。
「……ねぇ、一鶴…生きてる……?」
「……何と…か……」
「…あのひと、人間じゃ…ないかも。」
「…………同感だ。」
悲劇はまだ始まったばかり
FIN. |