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 PINK PRINCESS 2 

「…せんせっ…血がっ……」
「平気よ、これくらい。泣くんじゃないの。」

手当を受けながら、こぼれそうに涙をためた少女の頭を左手で優しく撫でて、花椿がニッコリ笑う。
そこへ、スーツ姿の年配の男性が『忍者屋敷』の係員と一緒に入って来た。

「この度はとんだことで…私、責任者の丸中と申します。」

名刺を出しながらそう名乗った男は、彼が包帯を巻かれているのを見てそれを机の上に置き、なおも話し続ける。

「私共も安全面には十分注意はしていたのですが、オープン前の点検でも異常なしとの報告を受けておりまして…施工業者や関係者には厳重に注意しておきます。
 …それで何分オープンしたばかりですので、この事は何卒ご内密にお願いしたいのですが…勿論御礼は致します。」

そこまで、花椿の傍で黙って聞いていた少女が、おもむろに立ち上がった。
口唇を噛んできっとにらんだその表情に、花椿が男に少しだけ哀れみの視線を投げる。

「………あなたは自分が責任者だとおっしゃいました。責任を取る立場として来たのなら、まず怪我の心配と謝罪をするべきだと思いませんか?」

あどけなさの残る少女が、まだ涙に濡れた瞳で男をまっすぐ見据えてそう言い放つ。
今まで少女など気にも留めてなかった男は、その迫力に呆気に取られて彼女を見ていた。

「係員さんや、作った人達にも責任の一端はあるかも知れませんけれど、ここをあなた方が経営しているならお客に対する責任はあなた方が負うものです。……怪我をしたお客に、黙っていてくれれば御礼をするから、ですって?」
 
特に声色を変えている訳ではない。
しかし、何故かその言葉は大変な重圧を伴っている。
加えて少女の瞳が鋭く光り、その場にいた全員を凍り付かせた。

「あなたがどのくらい偉い人か知りませんけど…」

机に置かれた名刺を手に取り、目の高さでピリピリと二つに破いて、ニッコリ笑う。

「人の上に立つ者としては失格ですわね?」

真っ二つになった名刺が床に落ちるのを呆然と見守った男が、ハッと息を呑んだ。

「……は…、それはもう…誠に申し訳ございませんでした…。」

言ってから少女の顔色を伺い、慌てて続ける。

「おっ、お怪我の方は大丈夫でございますかっ…お詫びの仕様もございません、です…」
「ございません、に、ですは付けない!もう一度!」
「はっ!お詫びの仕様もございません!申し訳、ございません!!」

腰から直角に折り曲げて、社員研修のお手本のような礼をした男を見下ろし、事態を収拾するべく花椿が静かに口を開いた。

「……………もしも。」
「…はっ!?」
「…もしも怪我したのがこの娘だったら…アンタ生かしちゃいないわヨ?」

薄笑いを浮かべて冷たく言い放った声と、さっき少女に掛けていた声とのギャップに、手当を終えて気まずそうに片づけていた救護係は包帯を取り落とし、男は身体を折ったまま固まってしまった。

「………でも、まぁアタシだったから大したことないワ。すぐに直しときなさいね、子供に刺さったらこのくらいじゃ済まないわヨ?」
「ハッ…ハイィ!!おい君!すぐに業者を呼んで休みでもなんでもすぐに…ぃイヤ!私が、私が行こう!工具を!」
「そんなに慌てなくてもいいわヨ、アンタが直すより業者呼んだ方が早いって。……それよりィ?お詫びの形ってモンがあるでしょう〜?金なんかいらないわヨ?
 …サァよぉ〜っく考えて、誠意ってもんを見せてちょうだい?」

ホッと顔を上げかけた男が、ニッコリ笑った花椿の言葉に再び青ざめる。

「…っ!……っっ!!しょ、少々、お待ちを!!」

バタバタと出ていった男は、五分ほどで一枚の封筒を手に、息を切らせて駆け戻ってきた。

「どうぞ、お納め下さい!!どうか、これで…!!」
「なぁに、コレ?」

不満げな花椿にオドオドしながら、男がハンカチで、もはや冷汗だか脂汗だかわからない汗を拭いた。

「このテーマパークに付属するホテルのディナー付き一泊招待券で…その…お怪我したお手では運転にも不便でしょう?もうすぐ夜ですし、せめてお泊まりになって明日明るくなってからのご出立でいかがでしょうか?イエ!勿論、明日の御予定が無ければですが!御予定がお有りでしたらハイヤーを手配致します!その券も無期限で使えますので……」
「い、一泊!?」
「わぁ!やったー!!あの、そこって花火見えます!?」
「…花火…でございますか、見えますとも!!全室オーシャンビューになって居りまして、花火は海岸から上げますから、真っ正面に見えます!」

少女がやっと笑顔を見せた事に心底安心した表情で男が力説し、花椿が絶句する。

「きゃー せんせい、真っ正面だって!!」
「ままま、待って!だって…そう!送っていかなきゃ、アタシだってアンタのママに信用されて、家まで迎えに行って出てきたワケだし?ね?また今度…って……」
もしもし、おかぁさん?あのね、遊園地でせんせい手に怪我しちゃって…うぅん、すごい怪我じゃないんだけど。…でね、遊園地の人がホテルのご招待券くれたのー。花火が真っ正面に見えるんだって!……うん、そうする!じゃーねー
「……あの…三優…?」

ぴっ、と携帯の終話ボタンを押してニコニコしている少女に、花椿がおそるおそる声を掛けた。

「あ…ごめんなさい、おかぁさんに連絡しとかなきゃと思って。」
「…それで……ま…さか?」
「え?…『じゃー、アタシも今日は呑みに行くから』って。花椿せんせいにヨロシクって言ってました

み〜つ〜き〜さぁ〜ん…(泣)

あの人に一般的な母親の言動を期待したのが間違いだった、と彼は言葉を失くした。
彼女の母親であり、自分の大学の先輩でもある『小澤三月』は、この事態を面白がりこそすれ憂うようなタマではない事は昔、身をもって思い知らされている。
大学時代によく聞かされた『三月姐さん』の高笑いが遠くに聞こえた気がした。

「それではお使い下さいますか!?」
「えぇ、喜んで。お気遣いありがとうございます。」
「よかった…。あ、それからこれはお嬢様にでございます。先ほどは大変失礼しました。」
「あ!なっぴーちゃんだ!嬉しい〜、ホントに!?」

花椿が幻聴に悩まされている間に非常事態は着々と進行していた。
後ろの男性から、首にリボンを掛けた一抱えもあるマスコットぬいぐるみを渡された少女の瞳は、もうキラキラしていて。

ダメだわ…もうダメダメよ……

花椿は、しばらく前から頭痛がしていた頭を包帯の巻かれた手で押さえ、今痛くなってきた心臓をもう片方の手で押さえ。

もう、笑うしかなかった。

 

◇     ◇     ◇

 

「絶対に、素人じゃない!お前らも見ただろう!?ヤクザにも見えないが、あの顔…どこか…で……」

二人が嬉しそうに出ていった後(もっとも正しくは、嬉しそうな少女と引きつった笑顔の花椿、だが)、緊張感から解放され部下に大声を出しかけた男が、ふと救護所の名簿に目を止めた。
今日ここで怪我の手当を受けた人の名前が書き連ねてあり、その最後に彼の名前。

「……花椿?デザイナーの…あの花椿!?た、大変だ…あの人が雑誌にでも喋ってみろ、ここは潰されるぞ!ホテルに電話を!部屋をデラックススィートにして、最上級のおもてなしをするんだ!早く!!!」

直立不動だった部下が慌てて携帯でホテルのフロントに指示を出す中、真っ青になった男がよろよろと椅子に崩れ落ちた。

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