うさぎの音楽隊が奏でる賑やかなブラスバンドのマーチ。
色とりどりの風船を配るクマ。
子供の頭を撫でながらおどけて行進する小人たち。
園内に一歩踏み出したところで立ち止まりそれらに目を輝かせる、おとぎ話のアリスのような愛らしい少女。
この日、半年振りに連休の取れた花椿は、『新しくオープンした遊園地でデート』というずっと前からの約束を果たすべく少女を連れてここへ来た。
ゴールデンウィーク中だけあって、どこもかしこも真新しい園内は人であふれている。
「みーゆーう?ドコ行こうか?」
見とれている彼女も可愛いのだけど、アトラクションの待ち時間を考えると早めに動いた方がいい。
きっと、全部乗りたいと思っているだろうから。
そう思ってかけた自分の声が、三歳児に話しているように甘くてビックリする。
「あ、ごめんなさい!なんか感動しちゃって…違うトコにいっちゃってました」
「んーん、アタシはイイんだけどね。いっぱい乗りたいんでしょ?どれから?」
入り口でもらった園内地図を開きながら、そうですねぇ…、と難しい顔をして。
真剣な眼差しでアトラクションを吟味している。
「全部乗りたいなら片っ端から行くのが醍醐味ヨ?お〜っと目の前にあるじゃない?キツそーな・の・が」
彼が、すぐ脇にある海賊船の形のアトラクションを指さして言った。
「でもせんせい、自分の運転じゃないと車酔いするって言ってたから、そーゆーの苦手そうだなぁって思ったんですけど…平気?」
上目遣いにのぞき込む瞳に、笑顔を返す。
「車なんてチンタラ走ってるから酔うのヨ!?アレ系は酔ってる場合じゃないってカンジ?」
「…ですよね!」
三優が嬉しそうにカバンにマップを放り込むと、彼がそっと、その手を握った。
「…あ……」
「なぁに?…イヤなの?」
不安げな表情でのぞき込む花椿にぶんぶんと首を振って、頬を染めた少女が小さな声で呟く。
「なんだか、デートだなぁって…すごく、うれしくて…」
途端に花椿の顔にも朱が昇る。
「な、なぁに言ってんの!まったくお子サマなんだからっ!」
「せんせいだって真っ赤じゃないですかっ!」
「うるさいわネ!暑いのよっ!…ホラ、行くわよ!」
ぷいとそっぽを向いてアトラクションへ歩きながら、彼は小さな手をつないだままポケットにしまいこんだ。
◇ ◇ ◇
「…け、結構暗いわネ……」
「…絶対、手離さないでくださいね!絶対ですよ!?」
最後に残ったアトラクション『忍者屋敷』に入った二人は、ろうそく程度の明るさしかない廊下をそろそろと進んでいた。
入り口に怪しい雰囲気はなく、単にからくり屋敷なだけだと思いこんで入ったが、日が暮れかけていることもあってか、内部は予想外に暗い。
その中を手裏剣を的に当てたり、掛け軸の裏の隠し扉をくぐったりしながら歩いていく。
『お化け屋敷』と書いてあったら絶対に見なかったことにしたのに、とそれぞれが後悔し始めていた時。
「……きゃあああ!!」
「…う、わっっっ!!!」
軋む廊下の突き当たりでいきなり床が開き、二人はマットレスの上に投げ出された。
「…った〜…三優、だいじょうぶ? 」
見上げると落差はせいぜい一メートルほど。
落下地点はマットレスが敷き詰められ、開いた床もウレタンで出来ていて、危なくないように作られているらしい。
とっさに少女を抱いて落ちた花椿が、それらを確認してから腕を緩め、自分の胸で固く目をつむっている彼女の頭を撫でる。
「だ、だいじょうぶ…ですっ。びっくりしたぁ〜!」
「ほんっと、悪趣味よねェ…アラ?あっちに灯りが付いてるワ…」
落下地点には、這って進むらしい狭い通路が一本だけ。
そこにもふわふわしたマットレスが敷いてあり、その先にぽつんと白い光が見える。
「せんせい、出口かも!」
「足元、気を付けてね。」
「はぁーい!」
暗い場所に嫌気がさしていた少女が、嬉々としてそこに向かった。
うかつだったワ……
5メートルほど進んだところで、彼は頭を抱えたくなっていた。
よいしょ、よいしょ、と可愛く掛け声をかけながら先を行く少女は、当然四つん這い。
しかも着ている服は、この間作ってプレゼントした春の新作ワンピース。
白地にブルーストライプのミニスカートである。
なるべく前を見ないように進んでいるが、急に彼女が止まったりしたらそれこそ大変なことになるので、時々彼女との距離を確認しなければならない。
確認のため前を見ると、どうしても男のロマン的アングルのスカートの裾からチラチラとピンク色が覗く。
気付いていない少女に対する罪悪感で喜んで見るわけにもいかず、さりとて見たくないハズはなく。
しょうがないじゃないのーっ!!アタシだって健康的な成人男子なのよぉー!!
罪悪感にそう言い訳してつい目がいく自分を叱りつつ、何とか現状を打破する方法を模索。
追い越しは出来ない狭さだし、戻ろうかとも考えた、が…。
ぱんつ見えるから戻ろう…?ダメダメっ!そんなの言えるワケないじゃないの〜!!
がっくりと肩を落とし、生殺しに耐え、泣きそうになりながらも仕方なく前へ進む。
「ねーぇ、せんせい?冷たい風吹いて来たから、やっぱり出口みたいですよぅ?」
そうよね…もしアタシが先に行って次の人が追いついちゃったりなんかしたら、そっちの方が困るわよね…他の奴が見るよりは…アタシでよかった、みたいな?
彼の葛藤など知る由もない少女が挑発的なポーズで無邪気に言い、花椿が絡まった思考の糸口をあらぬ方向に見いだそうとしていた…その時。
何の前触れもなく、彼の右手に激痛が走った。
「痛ぅっっ!!」
「せんせ!?どうしたんですかっ!?」
「ん…なんか刺さった、かも……」
「えぇっ!刺さったって…大丈夫ですか!?」
びっくりしたような声の少女と共にようやく通路を抜け、出口ゲートの灯りで見ると、手のひらのちょうど真ん中あたりから血が一筋流れていた。
床から出ていた釘か何かがマットレスを突き抜けて、結構深く刺さったらしい。
バチが当たったかしら……?
慌てふためいた係員に救護所に連行されつつ、彼は心の片隅でそう思った。 |