「…天之橋さん?」
おずおずと後ろから声を掛けてみる。
「…やぁ三優、ご機嫌いかがかな?」
手を止めて振り返った彼は嬉しそうに微笑んだ。
「どうなさったんですか?何か、落とされました?」
「あぁ、いや…そうではなくて。それよりも雪が降っているのだから何か羽織らないと風邪を引いてしまうよ?」
「天之橋さんだってそうです!何をなさっているんですか?」
肩の雪を払いながら、彼は少し子供っぽく笑って地面を指差した。
「これを…君にね、プレゼントしようと思って。」
そこには雪のウサギがちょこんと座っていて、目を丸くしている少女に、彼が困ったように照れくさそうに呟く。
「…でも、君に見つかるとは思わなかったから、まだ出来ていないんだ。今日は雪が強くなる予報で午後の授業は無くなるから、お茶の時に渡そうと思って…あぁ、勿論君は私が家まで送るけれど。」
「…可愛い…すごく、可愛いです!…あ、じゃあお返しにわたしも作ります!」
「駄目だよ、三優。本当に風邪を引いてしまう…あぁ、手袋もしないで…」
言いかけた彼を遮って、少女が口を尖らせた。
「お互い様です。…こっち見ないで下さいね!」
彼に背を向けた少女はあることを思いついていた。
それは彼のために心を砕いてラッピングした小さな箱を雪だるまで隠してしまうこと。
そこに彼のウサギと並べれば、込められた想いが何だか報われる気がして。
明日、ちゃんとお店で買ったのを渡して、それから見つからないように処分しよう。
そう考えて、彼の方を気にしながら手提げの一番奥のそれを取り出し、雪玉に埋めて。
ソーイングセットからボタンを出して顔を作り、ハンカチを細く畳んで首に巻いてピンで留めて。
出来映えに満足して眺めていると、ちょうど彼が振り返った。
「どこに置きましょうか?」
「そうだね…あの木の下にでも置くとしようか。」
「あ、ずるい天之橋さん!南天の実があるんなら教えてくれればいいのに〜!」
さっきまでなかったウサギの目に赤い実が入れられているのを見て、少女が抗議した。
「でも上手く出来ているよ…なんだか君みたいでとても可愛らしいね。」
さらりと髪を撫でられて顔を赤くしかけた少女が、気付いてぷう、と頬を膨らませる。
「どーいうイミですかっ!?」
「ハハ、深い意味はないよ。白くて丸くて目が大きいからね……っと、本当に風邪を引くといけないから、もう教室に戻りなさい…いいね?」
少女の手を取って口づけると、彼はそう言って踵を返した。
「あっ………。」
彼の後ろ姿を目で追いながら、少女は重大なことを思い出し小さく声を上げた。
明日の言い訳の為に、今日のお茶会はお断りするはずだったのだ。
ウサギに気を取られていたが、よくよく思い出してみると送って行くとも言っていた。
しょうがない…お母さんが迎えに来てくれることにして、帰りにお断りしよう……。
お茶会も、送ってくれるとの申し出も断らなければならなくなった事態に、楽しかった気分はすっかり反転してしまって、少女はまた肩を落としながら教室に戻った。
◇ ◇ ◇
HRで午後の授業が雪の為に中止だと聞いて手を叩いて喜ぶクラスメイトの中、少女は一人憂鬱だった。
自分が不器用なばかりに、一日で一番の楽しみの彼とのお茶会も降って湧いたような帰りのドライブも嘘をついて断って。
バレンタインだというのに彼に贈り物も出来ず、家に帰れば、明け方まで使って放ったらかしにしてきた製菓道具を多分泣きながら片づけて。
明日になればまた嘘をついて、渡すのはお金を出せば誰でも買えるチョコレート。
こんなことなら…下手なチョコレートでも、謝って渡せば良かった……
そう思っても自分のチョコは雪の中、もう濡れてしまって贈り物に出来るはずはなく。
さっきはとてもいい思いつきだと楽しくさえあったのも、今は後悔の渦の中心で重く心にのしかかる。
担任の無情なHR終了を告げる声を皮切りに、一斉に教室から飛び出していくクラスメイトをぼんやり見ながら、一人座ったまましばらくの時間を自己嫌悪に費やして。
やがてのろのろと鞄を持って席を立った。 |