「……………天之橋さんの…バカ…っ…」
寝室のベッドにパジャマで座り込んで、少女が呟く。
玄関先で会った時の雰囲気そのままに夕食に出てきた彼は、笑わなかった。
それでも何とか気を持ち直し“おみやげです”と自分が差し出した包みも、おざなりの礼を言ってその場に置いたまま席を立って行ってしまった。
持って帰ってサイドテーブルに放り出したそれが、ぼやけて見える。
本当に、ケンカになるんだ……
親友が溜息をつきながら言った言葉が蘇る。
マリィと彼のことを誤解しているわけではない。
彼は本当に誠実なひとで。
もし心変わりしたのなら…あんな行動は取らない。
分かっては、いるのに。
自分の感情が抑えられない。
“どうしてマリィに優しく笑うの?腕を組んで、キスをして、抱きしめるの?天之橋さんの隣はわたしの場所なのに”
花椿先生に、何があったのか教えてもらっても。
彼の想いが家族愛だと、分かっていても。
それでもイヤな気持ちになる、自分の心の醜さが嫌い。
短い旅行中の、僅かな時間。
家族同然である女の子に懐かしく語る思い出話にも反応する、嫉妬。
彼に知られれば…嫌われてしまうかも知れない。
「……ダメだ……こんなんじゃ…」
鏡の前に座って、溜息をついて自分の顔を見て。
それからサイドテーブルの、包みを見た。
きっと、怒ってるんだ…せっかく誘ってくれたのに、花椿先生と出掛けたから……
そう考えてぴしゃり、と自分の頬を叩いた。
ちゃんと謝って、もう一度渡そう。
大丈夫…きっと、大丈夫。
包みを胸に抱いて、自分に言い聞かせるように祈った。
◇ ◇ ◇
『……マリィ、話を聞きなさい。』
『…イヤ。』
彼の毛布にくるまった彼女が、フイと目線を逸らす。
『…自分の部屋に帰りなさい。』
『イヤッ、イチと一緒に寝る!』
『君はレディなんだろう?してはいけない事だよ、分かるね?』
『分からないわ。イチと一緒にいられるなら子供でいい。』
ベッドから見上げる蒼い瞳に、彼が心底困り果てて額を支えた。
一刻も早くここ数日の非礼を詫びて、もしも許してもらえたなら。
恋人の母親にからかわれても、仕事が溜まっていても、二人で旅行をやり直そうと決めた…その矢先。
パジャマで枕を抱えてやってきたマリィは、ここで寝ると言って聞かない。
『マリィ、いい加減にしなさい。私はこれから大事な用事があるんだ、さぁ部屋に……』
そう言って促して、扉を開けた。
「……あ…………。」
「…三………優……?」
大きく見開かれた瞳が揺らめいて、一度渡されたのに、食堂に忘れてきてしまった包みが落ちる。
2、3歩後ずさりした少女は、くるりと背中を向けて走り出した。
「三優!待ってくれ!!」
追いかけようとした彼の腕を、マリィの細い手が全身の力を振り絞って引いた。
『イヤだ!イチ!!また私を放って行くの!?』
悲痛な泣き声に天之橋の足が止まる。
『どこにも行かないって言ったのに、すぐ帰ってくるって言ったのに、イチは帰って来なかったわ!日本に行ったきり十年も!!』
『……マリィ。』
『私は…私は…十年待ったのっ…イチが帰ってきたら、きっと、ずっと私のそばにいてくれるって……』
『……ごめんよ、マリィ。…君とは一緒にいられない。三優は一番大切な人で…私は今、彼女の為に生きている。……自分勝手なのは分かっている、でも気持ちは偽れないよ。』
ゆっくりとマリィの腕を外してから俯いた金色の髪を撫でて、暗い廊下に足を向けた。 |