彼にはそうする理由があった。
誰に認められなくても、世の中で通らない理由であっても。
少女がいなくなって、夜も昼もなく考え続けて、ある事に気が付いた。
慌てて棚を片っ端から調べて見つけだしたのは、彼女の入学当時の資料。
彼女は入学する一ヶ月前に、京都からはばたき市に転入していた。
と、いうことは。入学した時すでに大財閥のお嬢様であった彼女は、それでも自分とだけ時間を共にして。
彼女にとってみればありふれた贈り物を、この上なく喜んでいたということになる。
それが何故なのか。そんな社交辞令とも取れることに期待を寄せるのは、愚かなことかもしれない。
何より、彼女は自らの足で車に乗り、自分の元から去ったのだから。
けれど。
一週間近く悩み続けた自分が行動を起こすには、それは必要十分な理由に思えた。
天之橋はそのまま車に飛び乗り、一心に向かった。
真実を確かめるために。
大門を突破すると、体格の良い黒服が三人、束で殴りかかって来た。
武道の心得があるらしく、肩口をかすめた拳は風鳴りを伴う。
避けたままの体勢で肝臓辺りに、一発。
後ろから来る気配で、屈み込み、空振りしたところを狙って、背負うようにみぞおちに肘を入れる。
正面に来る拳をわざと額で受けて、踏み込んだ軸足のすねを思い切り蹴り払い、崩れる瞬間首に真上から拳を固めて振り下ろす。
駆けつけたあと二人が後ろを気にしながら動こうとしない、多分その向こうに。
今、西九条にとって一番身大事な、少女がいる。
警棒が振り下ろされるのも構わずに、彼はその部屋を目指した。
◇ ◇ ◇
怒号が止んで。
一瞬静まり返った後、障子がピシャン、と開け放たれた。
「……あ……!!」
少女の脅えた瞳が、大きく見開いていく。
眼鏡はなく肩で息をする、彼の後ろの庭に、動けなくなった男達。
「まぁ。理事長はんともあろうお方が…すこぉし乱暴が過ぎますなぁ。」
遅れて駆けつけたボディガード達を目で制し、事も無げに告げるこの家の主を見据えて、彼は薄笑いを浮かべた。
「……何度取り次ぎをお願いしても追い返されるので、致し方なく。」
カ、カラ…ン
背後からの殺気が消えたのを確認して、彼の利き手から石が落ちる。
腕力の差をカバーして破壊力を増すため、握り締めていたその石は、既に本来の色を失っていた。
「…あ……っっ…きゃああぁ!!」
ポタ、ポタと指を伝って珠になるその朱い雫に、少女は平静を失くして。
震える足では上体を支えきれず、その場にがくん、と座り込んだ。
「……獣の目ぇや……なんで最初っから、その目しはりませんの?」
すっと目を細める祖母の問いには答えず、彼はぼろぼろ涙をこぼしている少女に向き直った。
「……訊きたい事がある。
君は、自分の意志でここにいるのだろうか?
この家を継ぐ事は……君が心から望んだ事なのか?」
「なんで……なんでこんなっ………血が……!!」
片膝をついて、泣き続ける少女と目線を合わせる。
「答えて、欲しい。……君が……望む場所は?」
もし、君さえ、良ければ。
私がこの世の果てまでも連れて行く。……決して誰にも……
語られない無言の言葉に、無意識のように少女の身体が動いた。
瞳に、引き寄せられるように。彼の腕の中へと。
「……あま、の…はし、さん……」
呟いた少女が自ら身を任せた後、片手がゆっくりと確かめるように、その髪に触れて。
そのまま、彼女の顔を自分の胸に抱き。
彼は安堵の吐息をついて目を閉じ、天を仰いだ。
「おや、まぁ。」
家の主が、ころころ笑いながらを口を開いた。
「三優、あんたも失格ですなぁ……約束しとっても状況が変わったんなら、早よう見極めて動かないけません。グズグズしとったら、すぐに何もかも持ってかれて西九条は潰れますえ。
そんな子に、跡は任せられまへんなぁ」
「ごめんなさいおばあさま、わたしっ……」
言いかけた少女を後ろに庇い、彼が頭を下げる。
「申し訳、ありません。ですが、彼女が私といることを望んだ以上、ここに置いていく事は出来かねます。
叱責は全て私が引き受けます。……どうぞ御存分に。」
「……それ以上、ボロボロに仕様がありまへんなぁ。片手、動きまへんねやろ?……誰ぞ!誰ぞ来とくれやす!」
その声に、遠巻きに見ていた使用人が二人、急いで駆けつけた。
「お医者はん呼んで、手当して差し上げて……私のお客さんやから丁重にな?」 |