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 ラヴィアンローズ 3 

「………あれは……?」

彼は訝しげに眉を顰めた。
見慣れた白壁の家の前に、黒塗りの高級外車が数台停まっており、家の前には五、六人の男性が周囲を怪しむように見廻している。
何か犯罪に巻き込まれたのでは、と外車の後ろに車をつけ急いで降りた途端、黒服の男が二人彼の前に立ち阻った。
「……何だね君たちは?」
自分の倍の体重がありそうな男の一人に問う。
「………どなたに何の御用でしょうか?」
意外に丁寧な受け答えに犯罪の匂いはせず、幾分ホッとしたものの、背後に注意を払いながら名乗ろうとした時。
男の壁の後ろから細い声がした。

「…あま………理事長?」
聞き違えようもない彼女の声に、目の前の壁が急に左右に開け、その光景が目に飛び込んできた。
「…………小澤、…君?」
数日前幸せな気分に浸れた、その階段を降りた所に立ってこちらを見ている少女は。
信じられない程、美しかった。
いつもは可愛らしい、とか愛らしいという形容詞がぴったりの少女が、牡丹の刺繍の艶やかな振り袖に身を包み、白い小菊の花かんざしをして……こちらを見ていた。
やわらかに匂い立つように可憐なその姿に、彼は周囲の状況も忘れて唖然と、見とれた。

「まあ、三優の学校の理事長はんですの?」
掛けられた声に我に返ると、少女の後ろから出てきた老婦人がにこり、と微笑んで歩み寄ってきた。
男達が老婦人に直角のお辞儀をして三歩下がる。
「すんまへんなぁ、なんか失礼がありましたやろか?」
男達に目を遣りながらにこやかに話すその姿に、何故か身体がぞくり、と総毛立った。
「……いいえ、何も……」
「あとで、よう言い聞かせときますさかい堪忍しておくれやす。うち、三優の祖母で朱鷺子と申します。以後よろしゅうに……」
帯の間から出した懐中から取り出し、渡された金属の名刺に刻印された名前に目を走らせた途端、名刺を返す礼儀も忘れて戦慄が走った。

「…西九条……京都の…?」
「ご存じですの?まあ、うれし。
 今回は急な事で先にお知らせも出来ひんで……三優は西九条の跡を継がせよう思てますの。
 お勉強は京都の本宅でさせますから、この街とは今日でお別れいうことで……手続きの書類は後で送らせますさかい、短い間でしたけどお世話になりました。」

京都の西九条。その名は経済界にも轟いている。主要系列会社三百、末端の関係会社まで含めると総社員数二十万人という大財閥、そのトップは女性だと聞いては、いた。
この小柄で物腰柔らかな人がそうなのだ、という事は何となく納得出来るものがある。
しかし、議員名士を一声で束ねる財閥の、次期総帥が……彼女であろうとは。
耳を疑い、視線を移したそこに少女の姿はなく、リムジンの後部座席にちらりと小菊のかんざしが揺れた。

「まぁまぁ、あの子ったら御挨拶もせんと……」
彼の目線を追った老婦人がすまなそうに告げる。
「今日はあの子となんぞお約束がありましたん?
 そんなら連絡差し上げて、御足労させんでも済みましたのになぁ。堪忍してやっておくれやす。」

頭が痛い。こめかみにズキズキとその言葉が刺さるよう。
自分といる時の楽しそうな笑顔や贈り物をした時の喜びようで、少しだけ期待していた彼女の気持ち。
それは独りよがりだったのかも知れない。

少女が自分に何も言わず、行こうとしていた。
その事実が物語る、何か。

会釈をして車に乗り込む老婦人を見ながら彼は呆然と考えていた。
自分は彼女にとってそのような存在なのだ、と。
そして自分にとっての彼女は、もう手の届かない……


走り去る車の窓から舞い散ったその紅の花びらに、気付く事も出来ないまま。

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