しろく色づいている道を、ゆっくりと歩く。
自分が何を考えているのか、何を感じているのか分からなくて、何も考えないように歩いた。
引きずるように進めていた少女の足に、その時、コツンとなにかが当たる感触がした。
ゆるゆると見ると、道の脇に雪に埋もれた大きなものがある。
足に当たったのは、そこから飛び出した留め具のようなものだった。
「………」
気にせず再び歩き出そうとした瞳の端に、雪に消されたその色がわずかに写る。
どこかで見たことがある、ロッソコルサ通称フェラーリレッドと呼ばれる、キレイな赤。
「水結!」
記憶の底からその色を思い出すと同時に、上から思い出に結びつく声がした。
「……!」
そちらを見なくても分かる。雪に埋もれていても、見覚えのある道。
いつの間にか、ここに戻ってきてしまったのだと、やっと気づいた。
凍えて動かない足を必死でひるがえし、少女は立ち去ろうとした。
しかし。
「水結!!」
何日ぶりかのその声に、思わず足が止まった。
その声音には、今までと違う何かが含まれているような気がしたから。
「まっとれ!」
それだけいうと、窓と反対の方からガチャガチャンとハデな音を響かせながら、まどかがつたなく階段を下りてきた。
じっとうつむいていた少女は、だが、その音のおかしさにふと顔を上げた。
まどかが足を引きずりながら、階段を下りてくる。
「……まどかくん……足!?」
「水結!」
驚いた隙に手を掴まれて、今までないくらいふわりと優しく抱きしめられた。
「なにやっとんねん!こない冷とうなって、身体壊すやないか!!クソッ」
「まどかくん、足、どうしたの!?」
同時に叫び、二人は同じ表情で顔を見合わせた。
「……昼間、バイクでこけてん。パーティ、水結と約束したし行きたかったんやけど……ごめんな」
「約束……」
確かめるように呟いて、少女はまどかの服を握り、俯いた。
「……まどかくん。私、まどかくんが好きだよ」
髪の毛の先から、冷たい水滴がポタポタ落ちる。
「まどかくんのこと、一番好き。まどかくんが奈津実のこと好きでも、それでも私は」
「水結」
驚いて、まどかは少女の肩をつかんだ。
「水結、違うんや。今日、オレがパーティに行かへんかったんは、足のケガのせいで……」
「じゃあ、なんで連絡してくれなかったの?私なんてどうでもよかったんじゃないの?待ってないと思ってたの?」
「違うんや……」
苦しそうに、まどかは呟く。
「電話しよかと思たけど……そしたら水結、飛んでくるやろ。あんなにパーティ楽しみしてたのに、台無しにさせとうなかったんや。オレのこと、待ってくれとるとは思わへんかったん。ごめんな」
「待ってないわけないよ……」
ぐす、と鼻をすすりあげて、少女はごしごしと涙を拭いた。
「ゴメン。ホンマに。オレ……オレも、水結が一番大事やから。泣かんといて、な?」
こくりと頷いたのを確認し、まどかは部屋に足を向けた。
「とにかく、早う暖めんと。入り」
◇ ◇ ◇
暖房の効いた部屋で、熱いミルクを飲んで、少女はやっと息をついた。
奈津実はもういず、それについて聞く気は起きなかった。
暗い部屋で、そこだけクリスマスを象徴するように、キャンドルが小さく揺れている。
「大丈夫か?」
「うん。ありがと」
ホッとした顔をして、まどかは自分の大きすぎるシャツを着た少女の横に座った。
コツンと、肩に頭が当たる感触。それを感じながら、まどかは半分独り言のように呟いた。
「……わかってたんや」
「……?」
「ホンマはわかってたんや、オレは。……おまえがオレのこと、特別に好きでいてくれとるって。
うぬぼれかもしれんけど、オレはそう信じとった。おまえは、オレのこと、すきやって」
ぴくりと少女の肩が動き、無言の問いが彼を襲った。
『どうして言ってくれなかったの?』と。
あなたが私を好きだったなら、そして私があなたのことを好きなことを知っていたのなら、自分だけ安心しているのはずるい、と。彼女の目が語っていた。
「せやけど……」
その目から逃げるように、彼は瞳を逸らして言った。
「おまえが本当のオレを好きかどうかは、……わからんかった。
ケーハクなオレ、女のコと遊ぶのが大好きなオレ。ようゆうたらお互いのプライバシーを尊重して付き合うってことやけど、そんなオレを好きでいてくれるんやったら、告白なんかできへんと思った。
せやからわざと女の子にもてるのを強調してみたり、やきもちも軽くやいてみたり、けど、いつもいつも……」
瞳を逸らしたまま、まどかは少女の手をぎゅっと握った。
「心ん中、嫉妬で狂いそうやった。おまえが葉月にチョコやったり、先生のクルマで下校したり、そんな場面を見るたびに、問いつめてしまいそうやった。“おまえは、オレの軽薄なとこが好きなんか?”“おまえも自由に他のヤツとつきあえるから、オレが好きなんか?”って……」
少女は絶句した。たしかに男友達にチョコをあげたり、氷室先生と一緒に帰ったこともある。けれどそれは、外から見ても決して怪しい雰囲気ではなかったはずだ。彼氏がいてもためらいなくできるような、そんな行為だったはずだ。
遊んではいても無節操ではない彼女は、半ば抗議の視線で彼を見た。
「わかってる」
少女の心を見透かしたように、まどかは苦しそうな表情をした。
「わかってる。二股かけたり、あっちゃこっちゃ浮気したりするようなヤツやないって。
けど、それでもオレは……おまえを、誰にも見せとうなかったんや………」
片手を握ったまま、立てた膝に顔を埋める。
「ほんまのオレは、こんなヤツなんや。おまえを誰にも見せとうない。オレ以外とは一言も喋らせとうない。
プライバシーなんか全然尊重できへん、おまえの全部をオレのものにしたかった」
自分で、気づかないふりをしていた、想い。
軽く明るくが信条の自分に、こんな執拗な感情があるなんて信じたくなかった。
そして、そんな自分を彼女が受け入れてくれるなんて、思えなかった。
「先生のクルマにおまえが乗り込むの見たとき、悔しかった。センパイのバイクなんてどうでもええと思った、今おまえを乗せられんのなら何の役にも立たんと思った。
大事なセンパイの餞別でもそんなふうに思てまうくらい、オレにはおまえしかないんや。そんな薄っぺらい自分が情けのうて情けのうて……。
おまえが……そんなオレでも好きでいてくれるかなんて、全然自信ない……」
過去形でなく、まどかは言った。声がかすかに震えているのが少女にも分かった。 |