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 ひみつのきもち 2 

町中が、赤と緑と白に浮かれている。
年々早くなるディスプレイだが、12月も後半になるともう飾らなければおかしいといった感じで、町中が一人のデザイナーにデザインされたオブジェのようだった。
もちろん、クリスマスが元々、宗教的聖行事であることを知らないものはいない。だが

「なぁんかさー、“聖なる宗教的儀式の日を、遊ぶ口実に使うな!”みたいなやついるけどさー」
奈津実は手に持ったバッグをぶんぶん振り回しながら、きれいに飾り付けられたツリーを見やった。
「遊ぶことの何が悪いのよねぇ。法律違反してるわけでも迷惑かけてるわけでもないのに、ホントにヘン!
 だいたい、クリスマスって神様に感謝する日でしょ。神様は人間が倖せであることを望んでるって聖書にあるじゃない。
 てことは、クリスマスを大好きな人と過ごして倖せなのって、すごく趣旨に沿ってると思わない!?」
誰かに何かを言われたらしく、意外に論理的な彼女に、少女は苦笑気味に賛同した。
「そうよね。教会に行ってお祈りするのがいい態度で、友達とバカ騒ぎするのは悪い態度。
 そう決めつけてる人って、じゃあ、お祈りしながら心の中で悪態ついてる人の方が、彼氏と相思相愛になって神様に感謝しまくってる人より立派だって思うわけよね。
 人の心の中なんて分かりっこないのに、そんなことを根拠に他人を批判するっておかしいと思う」
「そうそうそう!わかってるじゃんみゆう〜!」
嬉しそうに奈津実は言い、ふん!と肩をすくめて見せた。
「ま・そーゆーのが態度で決まってるって言うのが宗教なのかもしれないけどネ。
 それなら、私は自分の思うように遊びながら、私の神に祈るわ!」
さばさばした口調も態度も、いかにも奈津実らしい。そう思って、少女はくすりと笑った。

クリスマス、か……。私はどうしようかな。

まあ十中八九、誰か男のコと遊んでるのだろう。奈津実と同じように。
その中でもまた十中八九、アイツと……

みゆう。ちょっと話が……あるんだけど、ね」
考え込んでいた少女の耳に、いつのまにか思い詰めたような親友の声が届いた。
「あたし…………」

それから家に帰り着くまで、少女は言葉を発することが出来なかった。
親友だったはずの彼女の姿は、隣にはなかった。

 

◇     ◇     ◇

 

それから1週間後。聖夜には理事長宅でクリスマスパーティがある。
しかし、夕方になるまで少女はベッドでぐずぐずとまどろんでいた。かなり前から楽しみにしていたパーティなのに、行く気がしない。

「やめちゃおうかな……、行くの」
奈津実はあの日、『アンタにも渡さない』と言って厳しい目で少女を見た。
憎しみはこもっていないけれど、かわりに強い決意がこもっている、目。

親友だと思っていた彼女と、一番仲の良かった男の子どちらかを選ばなくてはならないのだろうか。
まどかともう会わない?奈津実ともう、話をしない?
どちらも、少女には不可能なことに思えた。

「パーティに行ったら……」
きっと、奈津実も来ているはずだ。そしてまどかも。
冬休み前、まどかからパーティで会おうと言われた。まどかが来るなら奈津実も来るに違いない。
そして、二人の前で自分は、視線を気にしながら笑わなければならない。そう思うと、少女はますます沈んだ気持ちになった。

でも、もし行かなければ?
まどかは約束を破った自分を非難するかもしれない。そして間違いなく、奈津実と遊びに行ってしまうだろう。
それもいやだ、と少女は思った。奈津実を嫌うことが出来ないのと同じように、まどかに嫌われるのもいやだった。
まどかは少女にとっても、大事なともだちだったから。
「……………」
少女は無言で、一月も前に用意しておいたパーティドレスに袖を通した。


クリスマスパーティは毎年、理事長のスピーチで始まる。
『メリークリスマス!』
みんなが倖せそうに唱和する中、少女は会場の隅でひとり、ノンアルコールのグラスを舐めていた。
奈津実にはさっき会った。相変わらずキツイ目をして、ほとんど喋らず、一生懸命話しかけてもつんと向こうを向いていた。
この1週間で少しは慣れたつもりだったけれど、やっぱりつらい。1週間前まで何をするのも一緒だった彼女と、こんなふうに話さなければならないなんて。
10分ほど一方的に話したところで、奈津実は『約束があるから』と離れていってしまった。
それから、氷室先生や珪くんが話しかけてきてくれたけれど、談笑する気になれず少女はいち早く壁際の椅子に逃げた。

そういえば……まどかくん、どこにいるのかな。今日はまだ見てないけど……

この広い会場で、同じようなスーツ姿の男子を見分けるのはむずかしい。女の子のドレスはいくつもバリエーションがあるけれど、男子の礼服はどれも似たようなものだから。
奈津実なら、この中でただひとりの特別な人を、簡単に探し出すことが出来るのだろうか。
そう考えて、少女は軽く頭を振った。


「……まどかくん」

2時間後。少女は一度だけ来たことのある、まどかのアパートの前にいた。
パーティでは、結局まどかの姿を見掛けることはなかった。はじめはさりげなく、後半は焦って探したが、あの優しい目を見ることは叶わなかった。
そうするとどうしても気になって気になって、パーティ終了後ここまで来てしまった。
「どうしよう……、急に来たら迷惑かな。でも、もしかしたら急病かもしれないし」
さんざん迷った末、階段を登ろうとした、その時。

「もー!すっごいケムい!タバコの本数増えてない!?」
とても知っている声が、どこからか聞こえて

「こら、寒いやんか!12月やで!」
同じくらい知っている声も、同じ方向から聞こえて

イヤだと思っているのに、逃げなきゃと思っているのに。
ゆっくりと瞳が。そして顔が。二階の窓を見上げてしまっていた。
ガラリ、と窓枠の軋む音がして、親友だった少女が窓を開けた。

それを知覚したとたん、今度は足が意に反して全速力で駆けだしていた。
いつの間にか、冷たい雪が降り始めていた。


約束。
自分との約束。
『パーティで会おうな!』と言った、まどかの表情。
『私、約束があるから』と言った、奈津実の言葉。
何故、こんなに胸が痛いのか、分からない。
まどかが自分との約束を破って、奈津実といたから?
いやそれよりも、自分とまどかは約束をしていたのだろうか?
『パーティで会おうな』なんて、普通に考えれば社交辞令でしかない。その後の予定を話したわけでもないし、共に過ごすと誓い合うような仲でもない。

少女は強くなる雪の中、とぼとぼと歩いていた。
頬が凍り付くように冷たくて、骨身にしみる。あふれたしずくが冷気に触れて、頬を赤く腫れさせていることに、少女は気づいていなかった。

なんだかすごくイヤだ。まどかに対してではない。奈津実に対してでもない。
何か自分の中にある、黒くてドロドロした醜い想い。
認めるのさえためらわれるような、最低の感情。
胸を切り開きたい衝動に駆られて、少女はぎゅっと胸をおさえた。

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