わかっているの、初めから。
あのひとも自分も、うわべだけのおつきあい。最初からそのつもり。
あのひとはわたしの、数多くいる男友達のひとり。
わたしはあのひとの、周りを囲む女友達のひとり。
ただ少しだけ、一緒にいる時間が長いだけ。
「ほう、アンタか?」
放課後の教室。値踏みするような、面白がるような、そんなイントネーションの違う声が後ろから聞こえた。
少女がゆっくり振り向くと、革のチョーカーをつけて制服を着崩した、軽そうな男が立っていた。
男はニヤニヤ微笑いながら、姫条まどか、と名乗った。
「最近、男子どものあいだでウワサになってんで。なかなかかわいいってな。
今度、オレとデートでもせえへん?」
そんな軽薄そのものの問いかけに、とまどいも見せずにっこり笑えるのは、少女が彼に負けず“遊んでる”人間だから。
「イイよ、デートでもなんでもしてあげる。ただし、私をキミの一番にしてくれるならね」
自分の不敵な答えに、さらに不敵に笑える、その余裕が好きだと思った。
◇ ◇ ◇
「まどかくん、オハヨ。日曜日空いてる?」
朝の教室で、少女がまどかを見つけ、声を掛けた。
かったるい1週間も、今日で終わり。明日は休日。
まどかは屈託ない笑顔を浮かべながら、慣れた手つきで手帳を取り出した。
「はい、おはようさん。明日か?……うーん、ゴメン。明日はもう遊ぶ約束してんねん。」
「なによー、こんな可愛い女の子からの誘いを断るなんて、男の風上にも置けないんじゃないの?」
わざとらしくむくれる少女におおげさに手を合わせ、まどかは苦笑を浮かべた。
「スマン!ええ男は女の子に平等やねん。今度オレから誘うさかい、許してな」
「ぶー」
ブツブツとぼやきながら帰っていく少女を見送って、まどかは誰にも気づかれないようにちいさくため息をついた。
奈津実からそれを聞いたのは、昨日のこと。
『アタシ、みゆうにライバル宣言したから!』
下校中に待ち伏せ、突然言い出した奈津実。
『ハァ?なんやねん急に。わけわからんことを』
まどかが不可解な顔をすると、奈津実は心持ち頬を染めて、繰り返した。
『だから!みゆうにライバル宣言したのよ!分かるでしょ!?』
あ、アカン!こいつマジになりよる!
遊び人の直感で、状況がマズイことを関知したまどかは、くるりと後ろを向いてヒラヒラ手を振った。
『分からん分からん。分からんし、オレは聞かんでええわ、んなこと。ほな。』
『ちょ……!』
意識してあっさりと、まどかはその場を去った。
『……みゆうは何にも言わなかったわ!全然平気なカオして、何にも……!!』
奈津実が言い捨てる声が、かすかにまどかの耳を打った。
今までにも何度も、遊びの恋愛に本気になられたことがあった。だから、対処法は十分わかっていた。
うろたえず、あっさりとあしらい、過剰に冷たくしないこと。あくまで今までの関係を保つこと。
自分がもてることを自覚しているまどかには、それは慣れた行為のはずだった。
だが、今回は。奈津実の一言が、まどかの心にささくれを残していた。
「なんで、よりによってアイツやねん……」
奈津実が少女と仲が良いことはまどかも知っていたし、趣味と価値観が似ていて、お似合いの二人だと思っていた。
その一人が自分に本気になり、もうひとりにライバル宣言をした。
どうして少女に、なのかは分からないが、おそらく奈津実自身よりもまどかの近くにいたからだろう。
「ただでさえ疲れるのに、サイアクや……」
少女はまどかにとって、そんなことで失くしたくない相手だった。
ノリが良くて、自分のつまらない冗談にも笑ってツッコミを入れてくれ、遊んでる自分を否定も非難もしない。他の女の子に嫉妬もしない。過剰にサービスしなくても態度が変わらない、まどかが不機嫌でも怒らず明るく元気づけてくれる。
気がつけば、休日の半分以上を彼女と過ごすようになっていた。
そんなオアシスのような少女を、奈津実の一方的なライバル宣言で失くしてしまうかもしれない。まどかは苛立ったように顔をしかめた。
だから今朝、少女が話しかけてきてくれたとき、まどかは心底ホッとしたのだ。
奈津実が言ったことを気にしてはいないのだと思って。
けれど、昨日の今日で自分がボロを出してはいけないから。敢えてこの休日は断りを入れた。
『みゆうは何も言わなかった』と、奈津実は言った。
奈津実の言葉を少女は聞き流してくれたに違いない。自分には関係ないときっとそうだ。そう思いたい。
「……アレ……?」
自分の中に少しだけ感じる違和感に、まどかは首を傾げた。
考え込むまどかに、教室の入口で振り向く彼女の姿は、見えていなかった。 |