「天之橋さん。これからどうしますか?」
しばらくして飴を食べ終わった少女は、満足した表情で割り箸をビニール袋に入れながら尋ねた。
天之橋は少しだけ考えて、昨日聞いた話を思い返す。
「7時から花火があるそうだから、それまでは露店を見ていてもいいね」
「花火?この季節にですか!?」
彼の言葉に、思わず目を丸くする。
夏祭りならともかく、秋も深まりつつあるこの時期に、花火は珍しい。
少女は勢い込んで弟を見やり、嬉しそうに微笑んだ。
「花火だって!よかったね〜尽、今年は一回も見てないって言ってたでしょ?」
「……別に、そんなに見たい訳でもないけど」
苦笑しながら答える尽を無視して、少女は腕時計を確認しながら席を立った。
「あと30分くらいしかないですね。じゃあ天之橋さん、もうちょっと廻っていいですか?
私、ヨーヨー釣りやりたいです〜」
「……できるのかね?」
どう見ても、少女はその類のゲームが得意そうなタイプではない。
天之橋が笑いを殺しながら聞くと、彼女はむーっとむくれて頬を染めた。
「できますよ!……そりゃ、上手くはないけど……」
「そうだよな、五回やって一個くらいは取れるよな」
「尽!」
「じゃあ、俺もやろうかな〜。今日は何個取ろうかなあ?」
「……………」
屋台の売り子にもう勘弁してくれと懇願されるタイプの客である尽は、にまっと笑って縁台を離れた。
「……我が弟ながら、かわいくないですよね……」
むくれたままそう言い、少女はそれを追って石畳の道へ戻る。
その時。
彼女の足が芝生と石畳の段差に躓き、がくんと段を踏み外した。
「きゃあ!」
「水結!?」
少し離れていた天之橋が慌てて手を伸ばしたけれど、間に合わなくて。
「ぅわっ!?」
すぐ前にいた弟にぶつかる形で、少女は地面に転がった。
「い、た、たたたた」
「なん、だよ、一体……」
もつれるようにひっくり返った二人に、天之橋は慌てて駆け寄る。
「だ、大丈夫かい!?」
「そうだ、ねえちゃん大丈夫か!?」
「尽、血、血が出てる!」
三者三様に呟いて、しばしの沈黙。
姉に後ろからぶつかられた尽は、倒れた拍子に石畳に両膝をつき、そこから血を流していて。
少女の方も、地面についた手のひらと腕を怪我している。
天之橋はすばやくそれを確認し、少女を助け起こしながら尋ねた。
「とにかく、手当をしなければ。本部へ行けば救護所があるだろうから……水結、歩けるかい?」
「はい、天之橋さん。私は大丈夫です」
「そうか、すまない」
それだけ言うと、天之橋は彼女の手を離して屈み込んだ。
「え?」
瞬間、ふわりと身体が浮いて。
一瞬何が起こったか分からない尽の目線は2m近い空の上。
「え、えええ!!??な、な、何!!??」
「本部は多分、あっちだと思うんだが……」
「さっき立て札見ましたから、きっとそうです」
思わず年相応に叫んだ尽を尻目に、彼を抱き上げた天之橋と少女は平然と言葉を交わし、道を辿り始める。
しばしのタイムラグを置いて尽ははっと我に返り、一気に頬に血を上らせた。
「ちょ、ちょっと、おっさん!こら!離せってば、かっこ悪い!!」
「ダメだよ、尽。怪我してるのに暴れないで」
「ねえちゃんも止めろよ!!こんなかすり傷、自分で歩けるに決まってっだろ!!」
「こら、危ないからじっとしていなさい」
「危ないじゃねえっつーの!いいから降ろせー!」
叫びながら、あらん限りの力で暴れる彼をさすがに持てあました天之橋は、ふと思いついて少女に聞こえないように呟いた。
「君が降りるなら、水結を抱いて運んでも良いけれど」
「………っ………っっ………」
その台詞に、ぱくぱくと口を開閉するだけで言葉が出ない尽に、とりあえず満足して。
天之橋は、怪我に障らないようにその身体を抱え直した。
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