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  MN'sRM > GS別館 > GS1創作 > 天之橋・約束シリーズ1 >

 あいのかたち 4 

「……今日は、いろいろとありがとうございました」

家の前で車を降りて、少女はぺこりと頭を下げた。
「私の方こそ、怪我をさせてしまってすまなかったね」
「天之橋さんのせいじゃありませんから」
にこりと笑う少女は、そのことについて一度も彼に謝っていない。
それが誰に対する気遣いなのか分かるから、天之橋も穏やかな微笑みを返した。
「じゃあ、また明日」
手を振って家に入っていく彼女を見届けて、ゆっくりと背を向けた時。

「……おっちゃん」

ふと、小さく呼ばれる声。
車に行きかけていた天之橋が振り向くと、玄関の所でドアにもたれていた尽が、じっと自分を見ているのが分かった。
「……今日は、すまなかったね。恥をかかせてしまったかい?」
「そんなことはどうでもいいんだけど」
それに対する抗議かと思ったけれど、彼はどうやら違うことが言いたいらしい。
天之橋が黙って待っていると、尽はひとつ息をついて、ゆっくりと歩み寄ってきた。

「今更言うのも何だけどさ。この際、はっきり言っとこうと思って」
「何をだい?」
マジな話、俺、ねえちゃんを他の奴に渡す気はないんだよね。俺が認めた男以外にはさ」

口調は軽いけれど、真剣な瞳。
それを確かめて一瞬だけ驚いた顔をすると、尽は不敵な笑みを浮かべた。

「それ、覚えておいてくれる?」
「……尽くん。君がどう思っているのか分からないが、私は……」
取り繕うように微笑って応えかけた天之橋は、言葉の途中で口を噤んだ。
幼い彼の瞳が、下手な韜晦を許さない光を発していたから。

子供だからといって彼の気持ちを軽く見ていた訳ではないけれど、それは近親者への愛情ゆえだと少なからず思っていた。
けれど。
それは、間違いだったのかもしれない。
天之橋は居住まいを正して、言葉を選んだ。

「………容易な道だと思っている訳ではないよ。何より、私には問題が多すぎるからね」
「そーゆー逃げ腰になってるうちは評価もできないから、俺としては問題ないんだけどね」
「はは、手厳しいね」
大人びた返答に、思わず苦笑する。
表情はさっきまでと違わない穏やかなもの、しかし、もう誤解はしていない様子。
それを見取って、尽はようやくいつものような笑顔を見せた。
「まあ、せいぜい頑張れば?俺が認めない限り、どうやったってねえちゃんは奪えないよ。
 たとえねえちゃんが、おっちゃんを選ぶようなことになっても……ね」
それだけ言うと、尽は器用に足をかばいながら家の中に入っていった。

「……そんなことは、まあ、有り得ないと思うけれどね……」

独り呟きながら、それを見送って。
ドアが軋んで閉まるのを確かめてから、二階の部屋を見上げ、ふと点いたライトに気づく。
同時に鳴る、着信音。

『天之橋さん?……今日は、ごめんなさい。いろいろ迷惑をかけてしまって』

予想通りの声が聞こえて、もう一度見上げると、窓から覗き込む小さな姿。
ようやくといった感じで謝る彼女に、天之橋は他意のない笑顔を向けた。

「いや、迷惑ではないよ。それより、二人ともきちんと手当をするんだよ?」
『ありがとうございます。……あの、もう絶対、来させませんから』
「うん?」

それが彼女の弟のことだと気づき、心の中で苦笑しながら首を傾げる。

「別に、私は構わないが……」
『私はいやです』
「……え?」
『天之橋さんとお出かけなのに、他の人が一緒なのは、嫌です』
「……弟なのに?」

軽い気持ちで、少しだけ意地悪な口調で言うと、窓の中の少女は躊躇わずに頷いた。

『天之橋さんとだけ、一緒がいいです』
「……………」
『おやすみなさい!』

咄嗟に反応できない彼を置いて、少女は急いで挨拶すると、一礼してカーテンを閉めた。


前途の困難さを再確認するたびに、こうして彼女の元へ引き戻されてしまうのは、はたして不幸なことなのか。
頬の熱さを夜の冷気で紛らわせて、天之橋は車に戻りながら呟いた。


「これは……もしかして少し、侮っていたかな?……私としたことが」

FIN.

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