「ねえちゃん〜!早く早く!」
ぱたぱたと走って露店に駆け寄った尽は、ゆっくり歩いてくる姉に向かって手を振った。
「……元気だね」
「す、すみません、うるさくて」
「いや。やっぱり、君によく似ているね」
からかうような口調で言うと、少女は途端に拗ねた顔をした。
「……それは、がさつで落ち着きがないってことですか?」
唇をとがらせて見上げる姿に、とんでもないと笑って。
天之橋は、隣を歩く彼女の耳に唇を寄せる。
「明るくて溌剌としていて、誰にでも好かれる魅力を持っている。
そんなところが……ね」
耳元で小さく囁かれる台詞に、少女は思わず頬を染めて俯いた。
それを目を細めて眺め、頭を撫でようとした彼だったが。
「ねえちゃんってば!早く来てみろよ、ねえちゃんの好きなあんず飴があるんだって!」
「嘘!??あれって最近全然見かけないんだよ〜!」
彼女は弟の言葉に血相を変えて、だっと走り出した。
「天之橋さん、ちょっとだけ待っててくださいね!」
そんな言葉を残して。
「………本当にそっくりだよ」
いつもよりだいぶん子供っぽい所作に、苦笑が漏れた。
しばらく遠巻きに見ていると、少女は歓声を上げながらあれこれ選び、屋台の売り子と楽しそうに会話をしている。
好物を見つけたのがよほど嬉しかったのか、その表情は満面の笑顔。
こちらまで聞こえてくるくらい弾んだ二人の声を聞きながら、天之橋は道の脇に設置されている縁台に腰掛けた。
感じるのは、仲の良い姉弟に対する微笑ましさとほんの少しの疎外感。
けれどそれは、仕方のないこと。
まだ出逢って二年足らずしか経っていない自分と、十年以上同じ家で暮らしてきた家族では、親しさなど比べようもなくて。
家族にしか見せない顔だって、誰にでもあるだろう。
彼女を特別に想っている自分にとって、それを実感することは楽しいことではないけれども、無邪気な彼らにそんなことを言っても仕方がない。
そう、思うのに。
ふたりで居るときは感じない違和感はどうしようもなくて、天之橋は思わず自嘲を含んだため息を漏らした。
「……天之橋さん?」
いつの間にか戻ってきていた少女に呼ばれて、我に返る。
「どうか、しました?」
心配そうに覗き込まれ、天之橋は慌てて笑顔を返した。
「いや、なんでもないよ。すまない、少し仕事のことを考えていて」
「お仕事……ですか?」
咄嗟に出た下手な言い訳を疑った様子もなく、少女は天之橋の隣に座ると、気遣うような瞳で彼を見た。
「お仕事、お忙しいんですか?もしかして今日も……?」
「い、いや。少し思い出しただけで、特に忙しい訳ではないから。大丈夫だよ」
心配してくれて有り難う、と微笑まれて少女は安心した顔になり、あっと声を上げた。
「そうだ。天之橋さん、どれがいいですか?」
彼女が差し出すのは、色とりどりの飴細工。
「えっとですね。私がいちばん好きなのは、あんず飴なんですけど。王道はりんご飴ですよね?
でも、いちご飴も甘酸っぱくておいしいんですよ。他にもぶどう飴とかパイン飴とか、珍しいですよねー」
「そうだね……」
嬉々として説明をする彼女に、あんず飴が欲しいと言ったらどんな顔をするだろうかと天之橋は一瞬だけ考え、くくっと肩を揺らした。
「?」
不思議そうに見上げる視線になんでもないと応えて、礼を言ってりんご飴を貰おうとした時。
「……ねえちゃんさあ」
呆れたような声が聞こえて、彼女の弟が飴をかじりながら近づいてきた。
「おっちゃんにこんなお菓子を勧めるって、ある意味すげーよな」
「え?」
意味が分からなそうな彼女に、人の悪い笑みを浮かべた尽はわざとらしく肩をすくめた。
「もうちょい考えろよ〜。おっちゃんがこんな駄菓子もらって嬉しいと思うか?」
「な、なんでよ?」
「なんでって……分かるだろ」
「だっ、だって、お祭りって色々買って食べるのが楽しいんじゃない」
「あーあ、根本から駄目だなあ。色気より食い気?ねえちゃん、デートに来てんじゃないの?」
「………」
「俺が彼女にそんなことされたら、ちょっと引いちゃうけどなー」
「………………」
弟の意見をもっともだと思ったのか、少女はぐっと黙り込み、泣きそうな瞳で天之橋を見上げた。
「……あー、……」
それにどう答えようか、迷う。
もちろん、嬉しそうにはしゃぐ彼女は可愛らしくて、引くなどということは有り得ないのだけれど。
そんなことはないと大仰に言い立てるのも、大人げない気がする。
結局、天之橋は苦笑しながら彼女の頭に手をやって、さらりとその髪を撫でた。
「……まあ、人によってはそういうこともあるかもしれないけれどね。
でも、私は楽しそうな君を見ているのが好きだし、露店も祭りの楽しみだと思うよ」
「そ、そうですよね!」
途端にぱっと表情を輝かせて、少女ははにかんだような笑顔を見せた。
気を取り直してりんご飴を彼に渡し、自分も倖せそうにあんず飴をかじり始める。
それをくすくすと笑いながら見ていた天之橋は、ふと、彼女の前に立つ尽の表情に気づいた。
何でもない様子を装ってはいるけれど、どこか不機嫌そうな瞳。
結果的に彼の意見に反論する形になってしまったから、気を悪くしたのかと思ったけれども。
そのうち、少女が自分に向かって何か話しかけるたびに眉が一瞬だけ寄せられるのを見て、なんとなく理由が分かった気がした。
つまりこれは、姉と出掛けている相手として、妬かれている……ということだろうか?
天之橋は空を見上げて、ワイシャツの襟を少しだけ弛めた。
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