「…………ん、…ぁ…?」
ベッドで俯せて普段着のまま眠り込んでいた少女は、ゆっくりと顔を上げた。
どこからか、なにかの音が聞こえる気がする。ぼやける意識を無理に奮い立たせて、辺りを見回すと。
机の前の椅子に、洗濯物に紛れて かすかな振動音。
「……ぁれ……?」
なんだろ、なんか動いてる?と、寝ぼけた頭で考えて。
寝そべったまま、横着にベッドから手を伸ばして、椅子を引き寄せてみる。
その下には、マナーモードにされている、ケータイ。
「………!」
一瞬で目が覚めた。
慌ててそれを取り上げると、ディスプレイには予想通りの名前。
心の中で甲高い叫び声を上げながら電話に出かけて、はっと自分の格好に気づく。
寝乱れた服と髪。頬に枕の跡。口元には冷たい感触。
「あ、え、ぇえっと」
とりあえず、せめて口元を拭って。手櫛で髪を整えて。
振動音が途絶えないよう祈りながら、ざっと服を直して、正座して。
一呼吸おいて、少女はやっと通話ボタンを押した。
「は、はい」
『水結?……私だが』
ほっとしたような声に、必死で頭を下げる。
「ごめんなさい!マナーにしてて気づかなくて……あの、お手間を取らせてしまいましたか?」
泣き出しそうなその声を聞いて、電話の向こうの彼が笑った気配がした。
『いや、こちらこそすまない。手が離せなかったのではないかね?』
「い、いえ、気づかなかっただけで……あの……別に何もしてなかったですから……」
休みなのを良いことにこんな昼間っから寝こけてました、とはさすがに言えず、顔を赤らめて口ごもる。
「え、と。……それで、何か御用でしょうか?」
少女が取り繕うように話を変えると、天之橋は思い出したようにああ、と答えた。
『明日なんだが、予定は空いていないかな?』
「明日?ええ、空いてますけど」
そう答えたとき、部屋のドアが何の前触れもなく開けられた。
もういい加減慣れているので驚きはしないけれども、電話中なのにと眉を顰めて見る。
「ねえちゃん、洗濯物……あれ?電話中?」
母から渡されたらしい彼女の服を持って入ってきた弟は、それを見て少しだけ驚いた顔をした。
『森林公園の方で祭りがあるそうなんだ。よければ一緒に行かないかと思って』
「お祭り、ですか?」
『ああ。収穫祭のようなもので、露店も出るらしいよ。どうかね?』
「嬉しいです、是非!」
自分そっちのけで電話に向かって微笑む姉は、本当に嬉しそうで。
尽は面白くない気分になる。
ばさりと洗濯物を投げ出し、先程それの先陣と共にケータイを埋めたはずの椅子に腰掛けて、尽はじっと少女を見つめた。
時間と 場所。
無防備に晒される約束を確認しながら、どんな理由で籠絡するか考えて。
尽は、唇だけで薄く笑った。
◇ ◇ ◇
次の日。
いつものように三十分前に待ち合わせ場所にたどり着いた天之橋は、クルリと回りを見渡して車を止めた。
彼女が現れるまでにはまだ時間があるはずだ。その間、近くの駐車場に車を入れておこうと考えかけて。
ふと、噴水の縁に腰掛けている姿が目に留まる。
「………?」
少しだけ不思議そうに首を傾げた彼は、次の瞬間くすりと笑った。
祭りが楽しみで、いてもたってもいられなかったのかと思ったからだ。
しかし。
「水結。すまない、待たせてしまったかな」
「あ……」
天之橋が近づいて声を掛けたとき、振り向いた彼女は申し訳なさそうにしていて。
それを疑問に思う間もなく、彼女の後ろには
「おっちゃん。女の子を待たせるっていうのは問題だと思うぜ?」
澄まして呟く、彼女の弟の姿。
天之橋は一瞬、呆気にとられた。
「つ、尽、失礼なこと言わないのっ!あんたがいるから早く来たんじゃない!」
「え〜、それにしたって、もーちょいすまなそうにするとかさあ?俺だったら土下座して謝っちゃうけどな〜」
「バカばっかり言ってると置いてくよ!?」
「はいはい」
自分そっちのけで応酬されるやりとりは、平素の彼女には見られないもので。
天之橋は驚いたまま、どういう表情をするべきか、躊躇した。
彼を置き去りにしていたことに今更気づいた少女が慌てて向き直り、体を二つに折って頭を下げる。
「ごめんなさい、天之橋さん。お祭りに行くって言ったら、その、弟がどうしても行きたいって……
母は仕事で出張していて、家には誰もいなくて……その、あのっ、ごめんなさい」
「……なるほど」
しどろもどろで説明する彼女に、ようやく笑みが浮かぶ。
事情が分かればなんということはない。天之橋はぺこぺこと頭を下げる彼女の乱れた髪に手をやりながら、片目をつぶってみせた。
「そんなに謝らなくていいよ。お祭りだからね、大勢の方が楽しいだろう?私は構わないから」
「……え……」
その台詞に、少女がふと表情を変える前に。
尽が甘えたように彼女の手を取り、さりげなく自分の方へ引き寄せた。
「ほら、な。心配することなかったろ?」
「尽!……今日は絶対におとなしくしてよ。あんたが無理についてきたんだからね!?」
「分かってるって」
困り顔の姉に言ってから、彼女の髪を整えそこねた彼に目を向け、尽は意味ありげに笑った。
「ま、よろしくな!」 |