天之橋が意を決して口を開こうとしたとき。
沈黙に耐えきれず、少女が先に話し始めた。
「あ……あの、私……」
発せられる声が、心なしか震えている。
「ご、ごめんなさい」
「………!」
謝られることに、最悪の予感が心をよぎった。
けれど。
少女は申し訳なさそうな表情で、思いがけないことを口にした。
「あの、私も探したんですけど……けど、やっぱり、どこにもなくって」
「……?」
「でも、天之橋さんが困ってらしたから、どうしても手に入れたくて。
彼女の家、お父さんがコレクターで予備をたくさん持ってるっていうから、つい……」
「……!?」
「人にもらったものを差し上げるなんて、失礼かと思ったんですけど……でも。
喜んで頂けるかもしれないって思ったら、もうどうしようもなくって、わがまま言って友達に持ってきてもらって」
「ちょっと、待ちなさい」
「え?」
潤んだ瞳を上げて、すん、と鼻をすすり上げる彼女に。
天之橋は、思わず車を止めた。
何か……とんでもない行き違いがあったような気がする。
少し躊躇ってから、差し出されたままの箱を受け取ると、そこには厳重に固定された部品らしきもの。
それには。とても見覚えがある。
「これ、は?」
「あ、あの、このあいだ手に入らないって仰ってたメーカーのだと思うんですけど……違ってます?」
先日、彼女が家に来たときに戯れにした話。
天之橋が愛用しているオーディオに使うレコード針は、いつもブランドが決まっていて。
けれど発売元の会社がその分野から撤退してしまい、現在のものを消費してしまったらもう、手元に予備がない。そうなったら、特別なルートを探すかもしくはブランドを変えるかしか方法がないとそう言ったときの彼女は、今思えば何かを考えるような表情をしていて。
もしかしてその時からずっと、これを手に入れようとしてくれていたのだろうか?
その考えを肯定するかのように、少女は不安そうな瞳で見上げる。
「あの……お聞きしたブランド名、彼女のお父さんにも聞いたから間違いないと思うんですけど。
もし違ってたら、換えてくれるって言ってたから。仰ってください」
「…………いや……間違ってはいないけれど」
とりあえず。
最大の疑問を、尋ねてみる。
「彼女……とは。先ほど会っていたあの子のこと、かな?……大学の友達かね?」
「え?ええ。カッコいいかんじの、男の子みたいなコでしょ?同級生で、ゼミが一緒なんです」
「……………。」
そういえば。
背は高かったが、華奢な感じがしなくもなかった。
髪はショートカットで、襟足も短くて。細いシルエットのジーンズに、大きめのデニムジャケット。
考えてみればその格好は、女性だとしてもおかしくはない?
そして、彼女があんなに喜んだのは自分に喜んでもらえると思ったから?
やっと笑いの衝動が湧き上がってきて、天之橋は目許に手を当てて相好を崩した。
「天之橋さん?」
急に笑い出した彼を呆気に取られて見る彼女に、間違っても誤解していたことを悟らせるわけにはいかない。
多分、きっと。物凄く、怒られてしまうから。
「いや……なんでもないよ。ただ」
説明する代わりに、天之橋はとろけるような笑みを彼女に向けた。
「私はずっと、君に恋をしているのだなと思って」
「………!?あ、天之橋さん!?」
かあっ、と一気に頬を染めて、彼を呼ぶ甘い声。
なるほど確かに、自分はそれに浮かれているらしいと、先ほどとは少し違う意味で考えた。
もしも彼女が自分ではない男と倖せになれるのであれば、彼女の倖せを願うと心に決めている。
けれどその時、きっと自分は穏やかに微笑むことは出来ない。
その時には、きっと。
「………みっともないことになるのだろうね」
想像すると、苦笑が漏れた。
その仮定に、嘆きではなく笑みが漏れるのは彼らが今とても、倖せな証拠。
FIN. |