友達と話がはずみ、奈津実が少女のそばに帰ってきたのは、少し経ってからだった。
先ほどの男に加え、さらに数人の男が、彼女の周りを取り囲んでいる。
まぁそうなるだろうな、と奈津実は思う。
高校時代、何人もの男が彼女を慕い、争っていたのを知っているから。
でも、彼女の傍に残ったのは彼女が望んだひとりだけ。
考えて、奈津実は忍び笑いした。
しかし。
「違いますって!絶対絶対、ぜぇ〜ったいちがいます!」
耳に入ってきた彼女の声に、足が止まる。
「えぇ〜でも、絶対オレの方がいいって。どんな彼氏か知らないけどさー」
「よくないですってば!私の彼氏わぁ、すっごくいい人なんですから〜!」
ヤバイ。
奈津実はとっさに冷や汗をかいた。
酔っている。アレは明らかに、酔っている。
奈津実の前でさえ「彼氏」と呼ぶのを恥ずかしがる少女が、彼のことを自慢する姿など見たことがなかったから。
素面の彼女であれば、そんなことを平然と言えるわけはないのだが。
酒の力と、彼をネタにからかわれていることで、少女は妙に挑戦的になっていた。
「いい人なんて、男に対する誉め言葉にはならないよ?」
余裕の笑顔でそう、軽く流されると。
むっとして、グラスを一気に空ける。
「なぁんだと〜!わたしの彼はね〜、すごく優しくって、大人で、かっこよくって、最高なんだからぁ!
ねっなつみん!」
「ううーん」
いきなり振られて、奈津実はすかさず難しい顔で腕を組む。
「……どうかなあ?」
「なつみん!!」
「アハハ、うそうそ。ま、アタシの趣味ではないけど、この子がこう思いこんでるのはマジだよ」
飲んでいても飲まれてはいない、少女の親友が言う言葉は、本人のそれよりも説得力があって。
周りの男どもは、面白くない表情になる。
とりあえず釘を刺した奈津実は、人を分けて強引に少女の隣に戻ると、その辺にあった水のグラスを彼女に持たせた。
「みゆう、飲み過ぎだよ。彼に怒られるよ?」
「う……」
その言葉で、ふっと我に返りかけた彼女の意識が。
「なんなら、彼に迎えに来てもらったら?そうしたらカッコイイかどうか証明できるでしょ」
男の言葉で、また元に戻る。
「よーしっわかった!」
叫んで、少女は携帯を取り出し、揺れる視界の中で目を近づけてボタンを押した。
「ちょ……やめといた方がいいよ、みゆう」
「なつみんまでとめるのぉ〜?!」
「イヤ別にいいけど……アンタの大学の奴もいるし、明日から超有名人になってもよければ。
アタシも色々聞かれたくないんだけどなー」
言っても無駄だと分かっていて一応、奈津実は彼女を止めてみた。
内心では少し、面白くなりそうだと思いながら。
◇ ◇ ◇
携帯が鳴っている。
このタイミングで掛かってきたことで、天之橋には相手が予想できた。
今日は大学のコンパに行くと言っていた。遅くなるようなら迎えに行くからと告げておいたが、その連絡だろうか?
ディスプレイを見て名前を確認し、電話に出る。
「はい」
「あ。アタシ、藤井です!」
しかし、電話に出たのは彼女の親友の声だった。
「藤井君?……どうかしたかね?」
少女の携帯から、奈津実が掛けてくる。
もしかしたら少女に何かあったかと思った天之橋だったが。
「あのー……ちょっとみゆう、酔っちゃって」
「酔った?気分が悪いのかい?」
「いえ、気分は……どっちかっていうと浮かれてて……そんで、ワガママを……うわっ!」
話の途中で奈津実が叫び、しばらく声が遠くなった後、耳が痛くなるような大声が聞こえた。
「あ、ま、の、はし、さぁ〜ん」
その声音に、少したじろぐ。
「み、水結?……どうした?」
「どうもしないですよぉ〜。あのね、天之橋さんに、迎えに来て欲しいんですぅ〜」
どうやら奈津実の言うとおり、少女はしたたかに酔っているらしい。
苦笑しながら、天之橋は書き物をしていたペンを置いた。
「わかった。すぐに行くから待っていなさい。
場所を確認するから、藤井君に代わってもらえるかな?」
「はぁ〜い。天之橋さん、はやくきてね〜」
「……もしもし?」
それだけ言うと、少女はプツッと電話を切ってしまった。
すぐにまた、電話がかかってくる。
「ハァ……すみません。みゆう、アタシが目を離したすきに飲んじゃって。
そんなにたくさんは飲んでないんですけど……」
すまなそうな奈津実に、天之橋は笑って言った。
「いや、構わないよ。迎えに行くから、場所を教えてもらえるかい?」
「あ、ハイ。……でも、近くに来たらまず電話もらえます?」
「?何故だね?」
「イヤ……あの、後で説明しますけど事情があって〜……」
言い淀む奈津実をそれ以上追求せず、天之橋は頷いた。
「わかった。20分ほどで行けると思うから、すまないが頼むよ」
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