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 ロマンスの神様 1 

「なつみん……」

少しだけ尻込みして、少女は親友を呼んだ。
「ん?どうしたの、みゆう?」
ドアを開けようとしていた奈津実は、振り向いて少女を見る。
そして一瞬で気後れしている態度を見抜き、あきれたように言った。
「まだごちゃごちゃ考えてンの?ただのコンパだって。みゆう、大学の新歓コンパにも出たんでしょ?」
「うん……でも、あれはみんなクラスメイトみたいなものだし……
 全然知らない人とコンパって、ちょっと違うでしょ」
「そーお?別に変わりないって。まぁ顔出して、イヤだったら帰ってもいいから。
 あんま深く考えることないよ」
「……うん。そっか、そうだね」
ようやく笑顔を見せた少女の肩をぱんと叩いて、奈津実は居酒屋のドアを開けた。

居酒屋に入るのも、実は初めてだった。
高校生のうちはもちろん入ったことはなかったし、大学生になってからの新歓コンパは小料理屋で行われたため、機会がなかったのだ。
幹事である奈津実の設定した店は、こざっぱりした雰囲気ながらも遊び心がありそうな感じで、とりあえず少女は安堵した。

「おーい!幹事が最後でどうすんだよ!」
奥の団体席から、奈津実を呼ぶ声がする。
「ゴメン!」
奈津実は少し急ぎ足になりながら応え、少女を端の空いた席に促した。
宴会はもう始まっていて、あちこちで楽しそうに話の花が咲いている。

「とりあえず〜飲め飲め!」
先ほどの男が、奈津実たち二人にグラスを差し出した。
「じゃ、最初だけね」
半ば少女に向けて奈津実は言う。自分の友達にしては少女は融通が利かない方で、人のことにとやかく言わないものの、未成年の過剰な飲酒を喜ぶとは思えなかったから。

それに。今日は彼女の“保護者”に、わざわざ許可を取ってきている。
彼は心配する素振りを見せず、『楽しんできなさい』と二人を送り出した。普通、年若い恋人が人数合わせとはいえ合コンに参加するとなったら、少しは心配したり不機嫌になったりするのではないのだろうか?
自分に告げた『頼んだよ』という言葉だけが、彼の感情を表したものに思えて、奈津実はそれを裏切るわけにはいかなかった。

「カンパイ!」
奈津実がグラスを掲げると、少女はくすりと笑って自分のグラスを合わせた。
「なんか……いいね。こういうの」
喫茶店でお茶するのとは雰囲気の違う……大人になった感じ?
そう言って顔をほころばせると、奈津実はからかうような口調になった。
「なに言ってんのよ。オトナな感じならいつも味わってんじゃないの〜?
 カ、レ、シ、と!」
「な、なつみん!」
途端に顔を赤くして、少女はたん!とグラスを置く。
「もう!いっつもそんなこと言うんだから。
 天之橋さんといる時は、そんなんじゃないもんっ」
「え〜?じゃ、どんな感じ?」
早くもグラスを空にした奈津実が、オーダーしながら聞くと。
「子供っぽいよ」
少女は平然と言う。
「………え?」
奈津実は一瞬つっこみ忘れ、素で問い返した。
「どっちかっていうと喜怒哀楽が激しくて子供っぽいよ、天之橋さん。
 クルージングでイルカ見つけてはしゃいだりとか、花椿せんせいとじゃれ合いのケンカしたりとか」
「…………」
それは、どう考えても、アンタの前でだけじゃないの?
全く想像できない台詞を吐かれ、奈津実は思わず沈黙を返した。


「何?なんの話してるの?」
その時、ひとりの男が会話に混ざってきた。
奈津実の知り合いらしく、紹介しろよ、と肩をつついている。
奈津実は少しうざったそうに肩を逸らすと、そっけなく言った。
「アタシの高校時代の親友で、小沢水結。言っとくけどカレシ持ち」
「なつみん!」
「迂闊にコナかけんじゃないわよ?……っとと」
更に釘を刺そうとした奈津実は、テーブルの向こう端から呼ばれる友人の声に応えて立ち上がった。
「カレシいるの?まぁそりゃな〜可愛いもんな、水結ちゃん」
「そ、そんな……」
この程度のことを流せない少女を、ひとりにするのは心配だけれど。
ずっとひっついてるわけにもいかないし。
店からこっそり少女を連れて抜け出すことも、部屋の配置的に難しい。
まあ大丈夫だろう、と奈津実は判断した。

「水結、アタシ、あっち行ってくるから。あんまり飲んじゃダメだよ」
少女が頷くのを確認して、奈津実は彼女の元を離れた。

その後、心配が的中してしまうとは知らずに。

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