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  MN'sRM > GS別館 > GS1創作 > 天之橋・約束シリーズ1 >

 キミノテノヒラ 3 

「本日は、お招き頂きまして……」

お決まりの台詞を口にしながら、何人かの客が彼らに近づいてくる。
幾ばくか、雑談を繰り返し、また違う客と同じような会話をする。
少女はその間、なるべく上品そうな笑顔を浮かべてグラスに口を付けていた。
愛想良く彼に挨拶していた客は、しばらくすると少女を見て不思議そうに首をかしげる。
「こちらは…?」
皆、同じ反応だった。
もっとあからさまに、『娘さんがおいででしたか?』……なんて聞く人もいる。
しかし少女はそれに対して、落胆することはなかった。

それは、仕方のないことだから。
彼と年が離れているのは、事実だから。
ちょっと切ないけど、落ち込んだりしない。
他の誰が認めてくれなくても。
彼が認めてくれていたら、それでいい。

天之橋は、そんな客の疑問に笑って、
「私のパートナーですよ」
とだけ応えてくれた。少女にはそれが嬉しかった。
例えば、『私の恋人です』なんて言われたら、驚かれてしまうだろうし。彼にふさわしくないと思われてしまうかもしれない。
そんな風に余裕でかわすと、客は皆『まぁまぁ』などと言いながら笑い、それ以上聞かずにいい様に解釈してくれる。
少女がマンガや映画で見たような、意地の悪い人がひそひそ耳打ちしたり、あからさまにイヤミを投げてきたりするようなことはなかった。

しばらくそうして談笑していると、不意に、後ろから声が掛けられた。
「やぁ。また逢いましたね」
それは、先ほどのグラスの青年だった。一応話した相手なので、少女はドレスの端を上げて目礼する。
彼はそれを眩しそうに眺めてから、感情を表に出さないように努力している天之橋に名乗った。
天之橋は儀礼的に返事を返す。
言われるだろう言葉は予想できたが、それを止めることは出来なかった。

「彼女をダンスに誘いたいのですが、お借りしてよろしいですか?」
天之橋が少女を見、瞳で問いかけると、彼女は小さく頷いた。
それが、パートナーの顔を潰さない気遣いだということは分かる。こう言われて理由なく断るようなことをすれば、客に対して面目が立たないからだ。
でも。
それでも、彼の本心は断ってほしいと思っていた。

彼女の反応を見て、青年は微笑んで手を差し伸べる。
一瞬ためらって、そこに手を置く少女。
「では、参りましょうか、お嬢さん」
自分がいつも言っているような台詞を吐かれ、思わず眉をひそめてしまう彼を尻目に、少女と青年はダンスフロアで踊り始めた。
天之橋は大きく息をつき、その辺のグラスを適当に取って一気に煽った。

それにしても。
ぼうっと彼らを見ながら、天之橋は思う。
こうして踊る彼女を客観的に見ていると、その愛らしさを再認識してしまう、と。
いや、愛らしさだけではなく。
発展途中の、気品や色香をも感じる。
先ほどは可愛さしか気にならなかったのに、今は踊る相手に流す視線さえ、艶めかしいものに思えてくる。
そんなふうに見えるのは自分だけか、と天之橋は思ったが、周りの男が彼女に見とれていることにふと気づいた。
おそらく、自分と同じ感想を持って、彼女を見る目。
そして同時に、踊る二人をお似合いだと見惚れる雰囲気。
自分と共にあるときは、絶対に向けられない、それ。

それが一般から見て当然だと知っているのと同じく、彼女が他の誰でもない自分の恋人であることも分かっている。
だが。こんな時はさすがに少し、ナーバスになってしまう。
最近、彼はよく同じ夢を見ていた。
夢の中で、彼女は彼に「好きです」と告げる……あの教会での告白のように。
それに対して、何か言いたいのだが言葉が出ない。
だから。言葉の代わりに彼女を抱きしめて、その額に口づける。
そして

そこまで考えて、彼ははっとした。
曲が終わり、踊っていた二人がいつの間にかダンスフロアから下がっている。
急いで探すと、いつかのテラスの前で二人を見つけた。
話し続ける青年に、じっと聞きいる彼女。
彼の腕が、すっと彼女の肩を押し、二人はテラスに出て行った。

むかっとした。
二人が出て行ったことにではない。青年が少女に触れたことに、だ。
天之橋が彼女に触れるとき、彼は必ず一拍おいて、彼女が身を任せるのを待ってしまう。
手を取るときも肩を抱くときも、彼女がわずかにそれを許す挙動を見せるまで待ってしまう。
それがレディへの嗜みだと、言えなくもなかったけれど。
他の理由があることにも、気づいている。

けして無理矢理ではないけれど、承諾しかねている少女を強引に連れ出した青年に、彼は本気で怒りを感じていた。
ホストが客に対して揉め事を起こすわけにはいかないのを承知で、彼は二人の出て行ったテラスに向かって歩き始めた。

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