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 キミノテノヒラ 2 

パーティは、学園のクリスマスパーティと同じホールで行われる。
三年間、お世話になった会場だけれど、フォーマルセッティングをするとさすがに違う。
まだ客の少ない会場で、少女は目を丸くして周りを見渡した。

「さぁ、お姫様。お手をどうぞ」
差し伸べられた掌に手を載せると、“大丈夫、きれいだよ”と小声で囁かれた。
外見は。自分でも、そう思わないでもない。
今の自分は、自分ではないみたいに着飾られてると思う。
でも。中身までは誰も、着飾ってはくれない。
少女は彼に導かれ、会場に踏み込んだ。


パーティが始まった。
天之橋が主催として挨拶すると、皆が感心したように聞き入る。
こういう時、少女には彼が少し遠く思えてしまう。
それは、年齢のこともあるのだけれど。
彼女の見慣れた彼は、はばたき学園の若き理事長で。
忙しい仕事の合間に生徒と話したり、薔薇園の世話をしたり、体育祭のフォークダンスの輪に入ったり。
自分たちと垣根なく接触することを好んだ。
だが目の前の天之橋は、錚々たる出席者の前で堂々と実業家の顔を見せている。
それに見惚れてしまう反面、自分が置いていかれたような感じがして、寂しくなる。
仕方ないことだと、分かってはいるけれど。
少女はふるっと頭を振って、ノンアルコールの飲み物が置いてあるテーブルに手を伸ばした。

と。
横から手が伸びてきて、彼女の取ろうとしたグラスを取り上げた。
あっと。失礼」
斜め後ろから声がして、グラスが差し出される。
「どうぞ」
目をやると、20代前半くらいの青年がにこやかに話しかけてくる。
「おひとりでいらしたんですか?」
公式のパーティである以上、女性がひとりで来ているわけはないのだが、敢えてそう問いかける彼に少女は礼を言ってグラスを受け取った。
「……いえ。」
「そうですか。それでは、僕と踊って頂けませんか?」
脈絡のない問い返しに、不審な顔をしてしまったのだろう。青年はくすりと笑って胸に手を当て、お辞儀した。
「大丈夫です。後ほど、あなたのお連れの方にも許可を頂きますので、それまでお待ち下さい」
不遜に言う、その仕草も口調も知っている誰かに似ていて、少女は思わず微笑んだ。

雰囲気が少し、似てるかな。天之橋さんも若いときはこんなだったのかなぁ?

彼女の表情を、話し込むきっかけと取ったのだろう。更になにか言いかけた青年の後ろに、その時、壇上から降りる彼の姿が見えた。
少女は青年に会釈し、急いでそちらへ向かった。

 

◇     ◇     ◇

 

壇上でスピーチをしていた彼は、会場全体を見回している振りをしながら、少女の姿を眺めていた。
いやでも若さが目立ってしまう彼女だから、ドレスもいっそそれを強調するデザインにした。
淡いピンクのプリンセスライン。胸から上と、袖の部分は純白のレースでカバーされている。
襟ぐりが大きく開いてはいるが、レースの模様によって可愛らしさが表され、色っぽい感じはほとんどしない。
頭には同じレースのヘッドドレス。胸元にはあえて何も付けず、パールのイヤリングでアクセントを付ける。
彼は、その仕上がりに満足していた。彼女の魅力をあますことなく引き出し、彩っている。

だが。ぐるりと会場を見渡し、次に少女を見たとき、彼女の後ろから近づく青年の姿が目に入った。
口調と、表情に。感情を出さないのがやっとだった。
彼が、わざと少女の取ろうとしたグラスを先取りし、会話のきっかけを作ったのが遠目にも分かった。
こちらからは青年の表情は見えないが、少女は少し……警戒したような顔をしている?
と、思ったら。

彼が、芝居がかった調子でお辞儀をし。
彼女が、自分にしか向けないような顔で微笑った。

「………!」
思わずギリッ、と唇を噛み締めてしまって。
あわててスピーチを取り繕い、強引に終わらせる。
足早に壇上から降りて、少女の元へ行こうとすると、その前に彼女が自分の方へ駆け寄ってきた。
「あっ……」
彼の顔を見るなり、歩調を落とす。
「ご、ごめんなさい。……走ってしまって」
謝る彼女に一瞬、理由を問いつめかけたが、終わりの台詞を聞いてあやうく言葉を飲み込んだ。
「いや、気にしなくていいよ。楽しんでいるかな?」
笑顔で言うと、彼女はほっとしたように頷いた。
「はい。天之橋さん、かっこよかったです」
「……そ、そうかね?」
「はい!」
不意打ちの賛辞に顔が赤くなってしまいそうで、天之橋は目をそらして会場の端に向かって歩き出した。
少女はちょこちょことついてくる。
先ほどのテーブルまで来ると、彼はそこからグラスを取り上げ、下半分をナプキンで器用にくるんだ。
「冷たい飲み物は手を濡らしてしまうからね。こうやって持つといいよ」
「あ、ありがとうございます」
少女は何の疑問もなくそれを受け取り、促されるままに持っていたグラスを彼に渡す。
ほっとして、彼はその心の動きに苦笑した。
他の男からもらったグラスにまで、嫉妬している自分がおかしかった。

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