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  MN'sRM > GS別館 > GS1創作 > 天之橋・約束シリーズ1 >

 明日への約束 2 

すっと意識を失い掛けた耳に、そのとき、高いノックの音が聞こえた。
応えるつもりはなかった。放っておけば、諦めて帰ってしまうだろう。
しかし、ほんの小さく聞こえた声が、私の頭を覚醒させた。
「理事長……?いらっしゃいますか?」
「……!お、小沢くん?」
「失礼します」
応えた声を入室の許可として、かちゃりとドアが開いた。
思わず身なりを取り繕おうとするが、それより早く少女の驚きの声が聞こえた。
「あ、天之橋さん!?どうなさったんですか!?」
駆け寄ってくる、愛しい少女。
近づいてくる彼女の顔に、アルコールの匂いに気づいた色が浮かぶ。
「ああ……、すまない。ちょっと、来客に手土産の味見を……要求されてね。しかし、ずいぶん強い酒だったようだ」
なんとか言い訳するが、空になった瓶を目の前にしては説得力もない。
少女はそれには言及せず、手を添えて私の体を起こした。
「大丈夫ですか?とにかく、あちらへ」
「ああ……」
部屋の中央にあるソファに座らせてもらうと、ハンカチを当てられる。
「お水、汲んできますね。待っててください」
離れていこうとする少女に、私は思わず彼女の手を掴んだ。
「行かないでくれ!」
「……え??」
彼女はびっくりした顔をした。
あ。いや、その……大丈夫だ。水は要らないから。
 それより、座らないか?何の用だったんだね?」
そう言うと、少女は少し戸惑った後、すとんと私の隣に座った。
「たいした用じゃないんですけど……」
まだ気遣わしげな視線を送りながら、口を開く。
「あの、明日……出かけるので、よろしければ一緒にどうかと思ったんですが」
「……私と?」
「ええ、社会見学で博物館に行くんですけれど」
一瞬、浮き足立ちかけた心が、ふと躓く。
「社会見学?」
「ええ。氷室先生が誘ってくださったんです。私、あまり課外授業に出ていないからって」
ぺろりと舌を出し、彼女はいたずらっ子のように笑った。
「前に、氷室先生と博物館に行ってらしたでしょ。すごく勉強になるって仰ってたから、またどうかなって……」
「そう…か。氷室先生と……」
天井を仰ぎ、大きくため息をつく。

自分を戒めておいて、と思う気持ちもないわけではない。しかし、それ以上に、私は自分の立場を知っていた。
彼であれば。少女とそれほど年の差の違和感を感じない彼であれば、どこに行っても彼女があんな目で見られることはないだろう。
それに彼であれば、彼女を他者と同列に置いて彼女の教養になるように、きちんと対応できるに違いない。

「天之橋さん?あの……」
憔悴したような姿を見て、少女が私の額に手を当てた。
「気分が悪いんですか?」
ひんやりとした手の感触を感じながら、目を閉じる。
「いや……、大丈夫だよ。明日は楽しんでくるといい、私は遠慮しておくよ」
静かにそういうと、少女はつと口をつぐんだ。
しばらく、沈黙があたりを支配する。
何かに迷うような素振りを見せながら、やがて、彼女はポツリと呟いた。
「あの……もしかして、あの、間違いだったら申し訳ないんですけれど……」
もう一度口ごもり、思い切った様子で、少女は小さくささやいた。

「もしかして明日、……どこかに誘ってくださるつもりでした?」
その声音に期待のようなものを感じて、ふと彼女を見やる。
「……え?」
「あ!勘違いだったらいいんです、別に私……その……」
目をそらし、言い淀むその姿に、私はもう一度だけ賭けてみたくなった。
「いや……。私も、博物館へ出かけようかと思っていたんだが、氷室先生と行くならそれでいいね」
「えっ」
少女はパッとこちらを向いた。
「先約があるなら、無理は出来ないし」
「え、あのっ」
「……どうしたんだね?」
尋ねると、少女は言いにくそうに俯いた。
「その、……社会見学はお断りしてきますから……誘ってくださいませんか?」
「小沢くん?」
「約束をお断りするなんて、悪いことですけれど……、でも」
少女は顔を上げ、潤んだ瞳で私を見た。
「社会見学と……天之橋さんとのお出かけは、違うから」
「……構わないのかい?誘っても」
思わずそう、確認してしまうと、彼女ははにかむような笑顔を私に向けた。
「はい!もちろんです!」
そう言った少女の笑顔はとても嬉しそうで……、とても倖せそうだった。
「……そうか」
そして、自分もきっと、そんな表情をしてしまっているのだろうと思った。

「じゃあ私、氷室先生を探してお断りしてきますね!
 天之橋さんは少し休んでいてくださ……あ、天之橋さん?」
すう、と意識がなくなるのを感じながら、私は夢の中で彼女を抱きしめ、現実ではけして呼べない名を呼んだ。
「……水結……」
「……」
夢の中で、抱きしめた腕がきゅっと抱き返された気がしたが、きっと気のせいだろう。

明日への約束は、まだ始まったばかり。

FIN.

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