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  MN'sRM > GS別館 > GS1創作 > 天之橋・約束シリーズ1 >

 明日への約束 1 

ある晴れた土曜日、理事長執務室。
窓の外のうららかさとは逆に、室内はよどんだ空気が停滞していた。
コツ、とグラスを瓶に当てて、部屋の主は半ば机に突っ伏すようにして酒を飲んでいた。

学園内で酒など、普段の私であれば絶対にしないこと。だが、来客に手土産をもらい、是非にと薦められ共に一口味見をしたら、止まらなくなった。
来客が帰った後も、もう一口、もう一口と続けるうち、強い酒は瞬く間に脳をおおってしまった。


私がいつになく杯を進めてしまったのは、今朝起こった出来事のため。
今朝、土曜日の短い授業が始まる前に、私は来客の訪問を受けた。
「ひとこと、ご忠告申し上げますが……」
厳しい目をした来訪者は、くい、と眼鏡を上げながらそう言った。
「怖いな。なんだい、氷室君」
「私の生徒のことです」
それだけで、私には彼が誰を指しているのか分かってしまった。
「理事長は何度か彼女を誘われているようですが、校内で、それも一生徒のみを気安く誘うことは、あまり褒められたことではないと思います」
「氷室君」
私は驚いて、彼を見た。
「そんなことを言われるとは心外だな。我が学園の校則は知っているだろう?
 生徒たちが素敵なレディになるために、教養のお手伝いをすることも学園長の仕事だよ」
「その趣旨であるならば、私も反対はしません。私の主義には反しますが……。
 しかし、理事長のなさりようは、とてもそうとは思えません。彼女だけを特別視し、彼女の教養を磨くためでなくただ時間を共有するためだけに、彼女を誘い出しているように見受けられますが」
歯に衣着せぬ口調でそう言われて、私は眉をひそめた。
だが言い返さなかったのは、その意見が真実の一端を突いていたため。
「……生徒の教養を育てるため、そうであるならば、彼女を他者と同列に置いて対応すべきです。
 また、夜景の観賞など周りに誤解を生みやすい行為は避けるべきだと考えます。」
「しかし、氷室君。私は彼女を、教育次第で素晴らしいレディになると考えているんだ。
 そう見込んだ者を育てたいと思うことは、自然なことじゃないのかい?」
そう抗弁した私を、彼は鋭い視線で射抜いた。
「見込む、ではなく、見初めているということではないのですか?」
「な……!」
「いえ、失礼。失言でした。しかし理事長、考えたことはありませんか。
 校内で頻繁にあなたに誘われる彼女が、生徒たちからどんな目で見られるのか。
 あなたと二人、夜景の見える高級店にいる彼女が、周りからどのような目で見られているのか」
「……………」
「彼女をレディとして育てたいと思うのであれば、彼女があらぬ誤解を受けぬよう配慮するのも肝要かと思います。
 御考慮いただけますよう」
それだけ言うと、彼は理事長室を後にした。
後に残った私は、苦々しい表情をしたまま動けなかった。
 
 
なにも、言い返せなかった。

アルコールにぼやけた頭で、私は新たな杯を注いだ。
彼の進言はまったく正論で、反論の余地などどこにもありはしなかった。
自分でも、大人げないと思ったことはある。初めは立ち話をしたり、帰宅時に家まで送ったりするだけだったのが、彼女の急激な成長に目が離せなくなった。
もっと素敵なことを目にしたら、彼女はどんなに成長するだろう。そう思ったら、私が知っている素晴らしいことをすべて、彼女に見せたくなった。
あちこちに誘ったら、彼女があんまり嬉しそうに笑うので、やめられなくなった。
ラウンジや、ショッピングモールや、映画館で。周りの目が時に好奇の色を含んでいたことも知っている。
けれど。既にそんなものは気にならないくらい、私は彼女に溺れてしまっていたのだ。……そして、彼女もそうだと思いたかった。
彼女の微笑む姿に、甘えていたかった。

「……………」

再びグラスを瓶に当てると、ほとんど中身のなくなった瓶がぐらりと揺れ、コツンと転がった。
もう授業は終わっただろう。生徒も帰ってしまったはずだ。このまま少し休んでも、誰も来ない……。

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