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    Sand Rose 2    

 

出発してから42時間11分後その兆候が目に見えてきた。
計器が妙な波形を刻みだし、時折画像が乱れ機体が揺れる。
間もなくスクリーンに二つの星が現れ、しだいに大きくなっていくのを見て胸が逸った。
数え切れないくらい呪った、星の数ほど祈った、神々の星。

「……会いたかったぜェ」

呟きながら目標地点の座標を入力する。
スクリーンに映し出されている惑星への進路を阻むように浮かんでいるケロンマークの大艦からは、先ほどからひっきりなしに宇宙銀河標準語での警告がなされていた。

『コチラハガマ星雲第58番惑星ケロン 認識番号K―TTR48143 コノ星域ハ宇宙連邦認可ノモト我々ガ保護シテイル立入禁止区域デアル 直チニ退去サレタシ 従ワナイ場合攻撃スル 繰リ返ス……』
「………どけよデカイの…殺すぜ?」

操縦桿を握る彼の口元に冷たい薄笑いが浮かぶ。
やがてうるさいくらいの警告が止み、静まり返った星空に光の筋が明るく向かってきた。
それらを難なく避け、次第に憤りを見せ始める攻撃にも屈する事無く、スクリーンに青く浮かぶ地点に確実に近づいて行く。

「……!」

もう少しで大気圏に突入できる位置まで来た時、いきなり正面に人影が現れた。
飛行ユニットの翼を大きく広げスナイパーライフルを構えるその姿。
紫の体色が星空の漆黒に溶け込む様で、只々その銀色の大きな銃と金色の瞳だけが鈍く光る。

「ヤベェっっ!!」

叫んで操縦桿を倒したのと、至近距離でスナイパーライフルが光ったのは、ほぼ同時だった。
ガリガリと何かが機体を擦る音に続いて、エマージェンシーアラームが狭いコクピットに響き渡る。

っっ!クッ…ソっっ!!」

傾く機体を何とか水平に保つべく操縦桿を操り、ノイズの入ったスクリーンで青いポイントと自身を示す黄色の点が重なった瞬間、機体は煙を噴きながら大気圏に突入した。



ったく…融通の効かねぇヤロウだ。休み明けは遅刻するモンだろうがよ?」

磁気嵐の影響を限りなく小さくするためのコンパクトな着陸艇は、至近距離からの狙撃に耐えられるようには作られていない。
着陸の際二度ほどバウンドし、あえなく仰向けになった機体から這い出しながら、クルルが毒づいた。
見渡す限りの砂漠と岩山。
照りつける太陽の下、腹を見せて沈黙するそれを古式ゆかしく蹴ってみる。

「……歩くしかねーってか」

あきらめて必要最小限の荷物をまとめて担ぐと、それでもゆうに30kgはありそうなそれがギリ、と肩に食い込んだ。
地図は頭に入っているが磁石は当然使い物にならない。
頼みは太陽と星だけ。
目的地は200km先。

「………たどり着いたらキスくらいしてくれっかな〜……」



一日目はすぐに暮れた。
荷物を降ろし星の位置で方角を見定めると、大きな岩山の陰に身を寄せる。
砂漠は夜に移動するのが定石だが、異星の夜空では方角が心許ない。
朝日が背に輝く宙港で別れた場面を思い描いて、進む材料をしっかりと記憶に留めた。
砂漠の気温は遠慮なく下がり、燃やす物が無いので火も起こせない。
携帯コンロで簡単な食事を摂った後、熱を逃がさない緊急用ブランケットにくるまってシュラフに潜り込むしかなかった。

ちりちりとした痛みを感じて目が覚めた二日目。
乾燥に弱いケロン人の肌を容赦なく灼く日差しに、うっかりクリームを塗り忘れていた事に気づく。
昨日は必死だったせいか全く気にならなかったので、すでに全身赤味を帯びてしまっていた。
強力な保湿クリームを全身に塗る手がふと止まる。
あのひとは大丈夫だろうか?
携帯しているはずだけれど、節約して使っても保って一月分ほどしかないはずだ。
手の届かない背中に塗るのをあきらめて、急いで荷物を背負った。

三日目。
初めて生物を見た。
アリジゴクに似た虫で、やはり砂に罠をはって獲物を捕らえるようだ。
ただデカい。
40cmはありそうで、巣の直径も2mを超える。
太陽の動きばかり気にして進んでいたら餌食になる。
しかし、この虫のエサになる動物がいる事が分かっただけで嬉しかった。
あのひとの腕ならきっと仕留められる。

四日目。
ブランケットを肩と荷物の間に挟んでいても、擦れて血が滲んでいる。
最低限の水しか摂取していないおかげで口の中が腫れてきた。
息が切れると思わず口で呼吸してしまい、火がついたように痛む。
痛む箇所がある度に思い出すのは、ここにあのひとが居るそれだけ。

五日目。
足が言うことを聞かなくなってきた。
砂に足を取られて転ぶと、しばらく起き上がれない。
その能力が発揮されるのがコンピューターの前だったので、殆どの訓練を免除されていたせいか。
『軍人たるもの体力が無くては務まらん』と、何かにつけて訓練させようとしていたあのひとの顔が目に浮かぶ。
もし帰れたら付き合うぜェ。
水は残り一本、ここから先は飲まずに歩かなければ。
もう少しだけ頑張ってくれよ、先輩。

突然、ゴウという音が近づいてきて、一気に視界が閉ざされた。
風に舞い上げられた砂粒がビシビシ体中に当たって、ボケた頭でもやっと砂嵐だと思い当たる。
もう入ってしまったので規模は分からないが、悪くすると生き埋めになってしまう。
腕で目を庇いながら這いつくばって進む。
どのくらいそうしていただろうか砂塵は来た時同様、突然過ぎ去っていった。

拓けた視界の中に、キラリと太陽の光を反射する物がある。
あれはあれは、建物だ。
慌てて身を起こしても消えない、蜃気楼ではなく本物の人工建造物。
跳ねる心臓から砂を踏みしめる足に、久しぶりに血が通った気がした。

ざくざくと音を鳴らして一心にそれに向かう。
500m。
400m。
300m。
やがて太陽のせいで弱った目にもそれが見えてきた。
砂漠の華。
凄絶なまでに美しい赤い悪魔…………その人影が。
200m。
100m。
50m。
そこまで行って初めて、夢にまで見たあのひとの声が耳に届いた。

クルル、なの…か…?」

無言で進む。
30m。
20m。
10m。

先輩…ワリィ、遅れ、ちまって…」

喉が潰れてうまく声が出ない。
一年前置き忘れた自分専用の輸送機の前で銃を構えた、あのひとを。
早く安心させたいのに。

「……そうだ、な。何してた、んだ…遅いぞ……」
「……着る服に、迷っち…まってなァ………」
「………そう、いえば、いい…格好だ、な…………

ドサリと乾いた音を残して銃が落ち、前のめりに倒れるあのひとを。
助け起こそうと思って。
走り寄ろうと思って。
視界がグラリと傾いた。
顔から砂に突っ込んで、それでも必死の思いで這いずる。
口に入った砂が食いしばった歯でがり、と脳天に響く音を出した。

先輩…………ロロ…先輩……」

指先が温かいあのひとに触れたのが分かって。
まだこんなに水分が残っていたのかと驚くほど、涙があふれたたとえようもなく幸せで。

 

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