「気が付いたか?」
「…………?」
掛けられる声に、ぼうっとしたまま目を開ける。
声の主を認識した瞬間、跳ね起きようとしたが全身に痛みが走り、何とか首だけ動いた。
「う…ぐっ………」
「落ち着け。私とて救命ポッドに入って居る者を攻撃したりしない」
「………先輩…は、先輩はどこだ……?」
「……………」
紫の男の視線が、スッと移った。
そこには、空の救命ポッドが口を開けている。
冷水を浴びせられたような衝撃と寒気が背筋を這い上ってきた。
「………………………ギロロは…つい先程………」
「……嘘だ………嘘だ嘘だ嘘だ…デタラメ言ってんじゃねェぞこの野郎!!」
痛みも忘れて勢いで身体を起こし、軍服の胸元を掴み上げる。
側にいた看護士が慌てて止めに入ってきた。
「やめて下さい!全身火傷してるんですよ!」
「………つい先程、気が付いて大丈夫だと言うのでシャワーと着替えに行かせたのだが…何を興奮しているのだ?」
「〜〜っっっ!!こ……っの江戸ムラサキがァーっっ!!!」
「わぁ〜!止めろ!患者を落ち着かせろ!絶対安静なんだぞ!?」
「…その様な旅館の朝食の定番なあだ名で呼ばれる覚えはないぞ?わざわざギロロのついでに助けてやったというのに。…しかしさすが私の弟、一年もあそこで任務を遂行していながら軽い脱水症状と軽傷だけとは素晴らしい能力と根性だ。それに引き替え、お前はたった六日足らずで……」
「コ・ノ・ヤ・ロ・ウ……」
「ガルル少佐!!もう出ていって……あっっ!ギロロ伍長!」
シュ、と軽い空気音と共に扉が開いて、ギロロが真新しい軍服に身を包んでメディカルルームに現れた。
「何の騒ぎだ、これは……クルル…曹長、気が付かれましたか!」
「おぉ、我が弟よ。今この若造に軍隊心得を説いていた所だ」
「ただの身内自慢だろうがよ!出てけよムラサキ!」
「ガルル少佐、二人で話したいので。申し訳ありませんが席を外して頂けませんか?」
「…………いいだろう。私は司令室にいるからな。ギロロ伍長、お前も身体を休めるんだぞ」
「……ハッ!」
ギロロの敬礼を後にガルルが看護士を伴って消え、やっと静けさが訪れた部屋で、彼が救命ポッドにそっと近づいてくる。
「……先輩、ケガは…?」
「大丈夫だ、お前の方が重傷だそうだ。日焼けによる全身熱傷と極度の脱水、肩も踵も化膿している。何故ボディスーツも着けずに砂漠を歩くなんて無茶をする?ケロン人にとって火傷がどのくらい恐ろしいか知らないはずないだろう」
「……在庫が無かったんだよ、取り寄せてる時間もねぇし。あの野郎におシャカにされなきゃツーシートの新車でドライブデートするつもりだったしなァ」
「馬鹿者、大体磁気嵐の中を突っ込んでくる事自体無茶なんだ!運良く嵐が晴れたから警備艇が救出に来てくれたが、そうでなければ共倒れだったぞ!?」
段々ヒートアップしてきた説教を聞きながら、クルルが薄く笑ってギロロの手を取った。
「イーんだよ、それでも」
「…………な…!?」
「軍人なんて反吐が出るようなシゴトしてて、好きなヤツと一緒に死ねるなんて本望じゃね?」
「ス、スキとか…っ…言うなもう!寝ろ!」
「そんな顔されたら寝らんねェ」
嬉しそうに笑うクルルに、元々赤い顔がさらに鮮やかに紅潮して。
少し黙したギロロの手を握ったまま、思いついた様にクルルが問うた。
「……そういえば、先輩何で生きてんの?一年だぜェ?」
「えっ?あぁ……砂を3mばかり掘ったら湿った層があったんで、防水シートで蓋をしてお前のくれた装置を使って水を作った。もっとも一週間前に壊れてしまったが。スマンな」
「別にいいよ、そんなのは。……食いモンは?動物を狩ったのか?」
「いいや、弾を無駄に出来んからな。ほら、前に敵地で火を焚かずに栄養補給できる物が欲しいって言ったら作ってくれたカプセルがあっただろう?任務に就く時はいつも持ち歩いていた。すごいな、アレは。あんなに小さいのに全く腹が減らなかったぞ?」
「胃に入ると膨れるし、一粒で一日分の栄養素とカロリーが摂れる。渡す時に言ったはずだぜ?」
「そうだったか?」
「オイオイ…よく分かりもしねェ薬飲むなよ…ってかサプリメントだって消費期限があるんだぞ?そんなんでよく生きてたなオッサン……」
「お前が作った物だったら大丈夫だ」
堂々と言い切られ、今度はクルルが赤い顔を隠し、俯いた。
「…俺が生きていられたのはお前のお陰だ。水や薬もそうだが……夜、お前の輸送機のコクピットで寝てると、声がするんだ……“一緒に帰ろう” と。何度も何度も助けられた。それに、ちゃんと迎えに来てくれた…有り難う」
「………ギロロ先輩…」
「そうだ、お前喉は乾いてないか?…お前が俺の為に運んでくれた水を持ってきたんだ祝杯をあげようと思って」
荷物に入れていた最後の一本の水をポケットから出して、グラスを探す仕草を見せるギロロにクルルがニヤリと笑った。
「イレモノなら持ってんだろーが。……とびっきり甘いヤツ頼むぜェ?」
P.S
司令室
「………………………」
「アレ?少佐、どうしました?」
司令官席でスクリーンを見ていたガルルが、突然椅子を蹴立てた。
いきなり立ち上がった上官に、副操縦士が首を傾げる。
「………………………」
無言のまま、愛用のスナイパーライフルを次元転送して踵を返す。
「うわ!?ちょ、ちょっと少佐!?ヤメてください、ここでそんなもん撃ったら船が!!おい、止めろ!少佐を止めろ〜!!」
「だから言っただろう!?ギロロ伍長とクルル曹長とガルル少佐が一緒に乗るなんてヤバいって!!」
「艦内放送だ!!ギロロ伍長を呼べ!」
「…………離さんと死ぬぞ?」
「あああぁ〜ダメだ止められん!今のクルル曹長では迎え撃てんぞ!?曹長を脱出ポッドに!早く!!」
『クルル曹長が死んだらケロンは破滅』
実はそれは、軍人なら誰もが知っている暗黙のルールだったのでした。
END. |