「……大丈夫か」
学芸館の、ヴィクトールの部屋。いつもの見慣れた執務室ではなく、入ったことのなかった私室のベッドに、は横たわっている。
謁見の間から退出したとたん気を失った彼女を、ヴィクトールは誰の手にも触れさせずにここまで連れて帰ってきたのだ。
まだ少し顔色は悪かったが、彼の声と彼の匂いに囲まれて、は幸せそうに頷いた。
ヴィクトールはほっと安心して、彼女の前髪を掻き上げた。
「全く……。おまえは、いつも無茶ばかりする。
俺はすっかり諦めるつもりでいたのに、その強さはどこから来るんだろうな」
ベッドの端に腰掛け、そのまま少女の頬に手を滑らせる。
「……あなたが、いてくださったから。あなたが私を守ってくれたから」
「俺はなにも」
「あの時、私を守ると言ってくださった時からもう、私の心は守られていたの」
大きな掌を両手で包み、少女は夢見るように目を閉じた。
「この私に、あんな勇気があったなんて。自分でも信じられない……」
そして今、こんなに倖せでいることも。
口の中で呟いて、は彼の胸に顔を埋めた。
「だが……」
ふいに頭の上の声が、不安そうにくぐもった。
「本当に、俺でいいのか?
おまえとはえらく年が離れているし、その、お世辞にも気のきいた男とはいえない。後悔するかもしれないぞ」
は笑いながら首を振る。
「だが、だが俺は、無骨で頭の固いただの軍人だし、おまえが自慢できる様な……そうだ!
この顔の傷、だけじゃない、俺の身体は傷だらけなんだぞ。女の子ってのはこういうのを嫌うんだろう?」
焦りまくって手袋を外そうとする彼を止めて、少女はその指にキスをした。
「女王陛下の前で誓ったのに、信じてもらえないんですか?
それに自慢なんてしません。その人があなたを好きになったら、困るもの」
かあっと顔に血を昇らせる彼女を腕に、ヴィクトールはふっと目を伏せた。
「……おまえには……礼を言わねばならんな。
おまえにえらそうに説教しておきながら、俺は自分の心を偽り続けてきた。
ずっと、言いたかった言葉を飲み込んでいた。情けないのは俺の方だ……」
ヴィクトールはを見下ろし、髪を撫で、
「他の誰にも、おまえを渡したくない。
俺だけを見てくれ。俺だけに笑いかけてくれ……」
その顎を持ち上げると、濡れた唇に口づけを落とした。
「………愛している………」
FIN.
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