「……でもホントに、ここまでうまく行くとは思わなかったわ」
人影のなくなった謁見の間で、女王は感心したように呟いた。
厳格な会話を想像していた二人の意気込みが、一気に抜けていくのが判る。
「じ、女王陛下?……あの、もしかして全部、ご存じだったのですか…?」
ヴィクトールの片袖を掴んだまま、はおずおずと尋ねた。
「あなたがヴィクトールを好きで、彼もあなたを愛していて、でもつまんないことをお互い気にしていたこと?
知っていたわよ」
ストレートな表現に、二人は思わず顔を赤らめた。このお方も存外気さくな方だと思いながら、ヴィクトールは不安そうなの肩を抱く。
「でも…昨日、私は気になる人はいないと答えました。それなのに……」
「そう。私もあなたが即位する気でいるのなら仕方ないと思ったんだけれど、ロザリアがね。
このままではきっとあの子は倖せになれない、って」
「陛下!」
「ロザリア様が……?」
は、抗議の声を上げるロザリアを見つめた。厳しく容赦のない彼女が、そんなことを言ってくれたなんて。
その心情を察したらしい女王は、くすくすと笑って補佐官に謝った。
「ごめんね、ロザリア。いつも嫌な役をさせちゃって」
「……陛下では、誰が見たって本心が見え見えですからね。
厳格な態度を取っておいて後から通達すれば、それで納得する者もいます」
少しぶっきらぼうに話す彼女を見て、ふたりはこうやって個性の強い守護聖たちをまとめているのだとヴィクトールは思い至った。
彼の視線を受け、ロザリアは咳払いをして続けた。
「それに、あれは本当のことですわよ。あなた達にはそれ相応の処罰を受けていただきますわ。
ね、陛下?」
「そうね。じゃあ、こういうのはどうかしら?
ヴィクトールには、このまま聖地に留まって、守護聖や派遣軍上層の相談役になってもらうわ。
特に、年若い守護聖はあなたから学ぶことも多いでしょう。
その年で現役を引退させるみたいで悪いけど、あなたには次の者たちを支え育てる役目をしてもらいたいの」
女王の言葉が、二人の心を優しく包んでゆく。
「……は、その彼を支えてあげてね。それができるのはあなただけよ。
新しい宇宙はあなたに守られなくても成長できるけど、彼を守れるのはあなただけだわ」
一瞬、ヴィクトールの脳裏に辺境の惑星で失った部下たちの顔が浮かんだ。
だがそれは、いつものように彼を苦しめはしなかった。少女に触れた手から暖かいエネルギーが流れ込み、傷を癒してくれるような気がした。
「ありがとう、ございます。このヴィクトール、以後も変わらぬ忠誠を陛下に誓約いたします」
彼は女王の目を見つめ、心からの敬意をこめて目礼した。
女王は補佐官に耳打ちし、いたずらっぽく首を傾げる。
「ええ、でもお礼はあの人にも言ってあげてね。あなたたちのことを知らせてくれたのは彼なの」
驚いて顔をあげると、広間に入ってきた使者の傍らに知った顔があった。
「キール……!」
彼の忠実なる部下は、息を弾ませて二人に駆け寄った。
「ヴィクトール様、様……」
「キール、おまえが?おまえが陛下にご報告したのか?」
「は、はい。差し出がましいとは思ったのですが、どうしてもあのままにしておけなかったのです。
どうぞお許し下さい」
恐縮して頭を下げるキールにふ、と笑って、ヴィクトールは彼の肩を叩いた。
「おいおい、謝るのはこっちの方だ。勝手に誤解してあんなことを言った俺を、よく見限らずにいてくれた。
それに………」
おまえだって本当はを、と言おうとした彼を、キールは目で止め首を振った。
「徒に御心を騒がすには及びません。埒もないことです、どうかお気になさらずに」
「………そうだな」
不思議そうなをちらと見て、ヴィクトールは軽く頷いた。
「では、二人の処分はそのように致します。館を用意しますので、学芸館からそちらへ移って下さい」
「あ、そうだわ!」
事務的にロザリアが告げると、女王は思いだしたように声を高めた。
「忘れてたけど、もう一つ約束して。結婚式には私とロザリアも呼ぶのよ?」
「!へ、陛下!」
真剣な顔で女王は言い、とヴィクトールの頬を再び赤く染めた。
|