「……好…き? ……おまえが? 俺のこと、を……?」
その言葉は、しばらくの間ヴィクトールの頭に浸透しなかった。
思いがけないというより、全く予想だにしなかった現実がここにある。現実の方を疑いたくなってしまうのも無理ないかもしれない。
しかし、真っ赤な顔でうなずくを見た時、彼の脳裏に浮かんだのは忠実な部下の姿だった。
キールが、彼の想いを察していたら。女王より守護聖よりも自分を崇拝している部下が、に告白されたら、どうするか。
「……キールに、何か言われたのか……?」
少女の反応を見て、ヴィクトールの顔色が絶望に染まった。むろん、彼女がキールに“励まされた”ことなど知る由もない。
照れたようにうつむいたは、もしかして見透かされていたのかな、と呑気に考えていたが、次の言葉を聞いて絶句した。
「そういうこと…か。もういい、いや、新女王陛下」
語調は限りなく弱かったが、優しさはなく、むしろ突き放したような殺伐さがあった。
「本日の御前会議で女王陛下から提言があり、あなたが新女王に決定しました。
守護聖と教官の全員一致で」
「な…なに……」
「明日にでも即位の儀が執り行われるでしょう。今日はもうお帰り下さい」
「…………!!」
形だけはうやうやしく頭を下げる彼の姿を、は唖然として見ていた。
五感がマヒして、何が何だか分からない。さっきまで涙を浮かべていた瞳はまるで乾いた砂漠のようで、“泣く”という行為がどういうものだったのかも思い出せなかった。
ただ、ここにいてはいけないのだ、という認識だけが彼女を動かし、無言のままにきびすを返す。
と、がノブを掴む前に、ドアが音もなく開いた。
「様、こちらにいらっしゃったのですか!?
宮殿から緊急のお召しがあったそうですよ、早く行かれた方が……、……?」
「ありがとう」
にこ、と笑って去っていく彼女を、キールは長い間見送っていた。
どこか異質だった。まるで魂の入っていない人形のような……。
ハッとして、キールは窓の方を向いたままの上官を振り返った。
「閣、下? 様、いえ、女王候補殿と何かあったのですか?」
ヴィクトールは答えない。足音を荒げて、キールは彼に詰め寄った。
「閣下! 彼女に何を仰ったのです、まさか、まさか彼女を拒絶し……」
「やめろ! それ以上言うなッ、おまえのせいだ!
部下と生徒に情けをかけられる俺の身になってみろ!!」
訓練中、職務中に幾度となく聞いたはずの怒号は、その時、傷ついた子供の八つ当たりにしか聞こえなかった。
「……出ていけ、キール。今日はもう誰にも会いたくない」
キールの瞳が、ガラスのように濁っていく。何と声をかけるべきなのか判らないまま、彼は退室を余儀なくされた。
「……ですが…ヴィクトール様、彼女は、様は本当にあなたを愛しておいでです。
女王を目指そうとする者が、育成や他の学習を削ってまで何故ここに来ていたか、お察し下さい。
どうか、様のお心を信じてあげて下さい」
せいいっぱいそれだけ言うと、キールはゆっくりとドアを閉めた。
パタンという音が、ヴィクトールの心に冷たく響く。
が、俺を……愛しているだと!?
冷静に思考する気力はもうなかった。先刻の彼女の表情だけが、ただ、頭をよぎっていく。
気がつくと、彼は床に座り込んで両手で顔を覆っていた。
キールに言われずとも、彼が疑ったのは本当は彼女の気持ちではない。
信じ難いのはいつも、自分だった。教官としての自分。協力者としての自分。
を愛し求める一人の男としての自分と、その彼女を傷つけた自分。
己の中にこんな嵐のような感情があることを、ヴィクトールは初めて知った。
……そして同時刻、宮殿に召されたは、女王の質問を受けて答えた。
「いいえ。……気になる人なんて、いません」
運命の歯車は加速をつけて、二人を巻き込もうとしていた。
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