「「あ」」
二人は同時に声を上げ、お互いを見つめた。
三日も離れていたせいか、なんだか別人のような気がする。
確かめるように駆け寄りかけて、ははっと我に返った。
「な、な、何か……用ですか」
抱きしめてしまいそうになる腕を胸の前で組んで、思わずまた意地を張る。
素直になれない自分を恨めしく思いながら。
青年は差し伸べかけた腕を止め、くしゃりと髪を掻き上げた。
「……。……久しぶりやな」
何を言っていいのか分からず、間の抜けた挨拶を交わす。
「いや……ごめんな、来るつもりやなかったんやけど……なんか、が泣いとる気がして」
「……………」
誰のせいだ、と言いたいのを我慢してじっと見つめる少女に、青年はさらに言葉を続けた。
「やっぱ泣いてたんか? 涙の痕…その服、……あいつになんかされたんか?」
着崩したジーンズに乱れた髪、くしゃくしゃのシャツのボタンは半分開いていて、下のタンクトップがのぞいている。
確かに、いまの少女の格好ではそう思っても仕方ないかもしれない。だが、今まで迎えにもこなかったくせに『泣いていたのか』とはどういうことだ。
は胃のあたりがムカッと昂ぶるのを感じた。
「なにか、用ですか」
声の音程を下げて再び尋ねると、青年の表情が落胆に満ちた。
「い、い、いや。……悪い、俺また余計なことしとるんやな。
もう来ぃへんから、かんにんしてや。もう……邪魔せえへんから」
「あ、待っ……!」
去ろうとした彼にあせって手を伸ばす。と同時に、いきなり体が後ろへ引き寄せられた。
「ひとの家の前で、何をやっているんだ」
少し不機嫌そうな声が、少女を抱き寄せたまま青年に問う。
それを見て、青年は息苦しそうに眉を寄せ、たまらず視線をはずした。
「君か。……ふん、を取り返しにでも来たのか?
残念だな、は君のような不実な人間の元には戻らんよ」
驚いて見上げる少女を無視して、彼は皮肉な笑いを浮かべた。
「口では愛していると言いながら、写真一枚で疑う程度のものだったのだろう?
しかもそれきり音沙汰もない。がいなくても」
「やめて、パ……!」
「君は、平気なんだろう? それならさっさと消えてくれ」
「…………!」
ふたりは同時に身じろぎし、苦しそうに唇を噛んだ。
それを冷ややかな目で見、鼻で笑う。
「君ではこれを倖せにはできない。
せいぜい次の相手を探すんだな、その気になればいくらでもいるんだろう? 社長のお遊びにぴったりの相手が」
「な……!」
「違うもん!」
さすがに言い返そうとしたそのとき、ようやく彼の腕を振りほどいた少女が必死で青年に駆け寄り、その腕にすがりついた。
服を掴んで引き寄せながら、顔を上気させて訴える。
「このひとは不実なんかじゃないっ、ただ考え過ぎちゃうだけなんだから!
私のこと好きで、私を倖せにしたいっていつも考えてるから、つい受け身になっちゃうだけなんだから!
私の気持ちもわかんないような朴念仁だけど、でも何もかも私のためだけにやってるんだからね!!」
瞳を潤ませて叫んでから、はくるりと青年の方を振り向いて、思いっきりその頬をひっぱたいた。
ぱぁんと景気のいい音が、あたり一帯に響く。
「……どうして黙ってるの!」
展開の早さについていけない彼に、くってかかる。
「私を疑ったわけじゃない、負担になりたくなかったんだって!
自分の気持ちを押しつけたくなかっただけだって言ってよ!
俺はを好きだからって、なんでいつもみたいに言ってくれないの!?」
感情を交錯させながら、少女は急に不安げに表情を揺らめかせた。
「……それとも、やっぱり私なんかどうでもいいの……?
私がいなくても平気なの。もう好きじゃなくなっちゃったの?
ちがうって言ってよ……いつもみたいに、私のことが好きだって。
私のことだけ愛してるって……嘘でもいいから……言っ………」
「……」
しがみついてくる少女のちいさな身体におそるおそる腕をまわすと、青年はこみあげる愛おしさを噛みしめて彼女を抱きしめた。
「……ごめん。俺、に……」
いつも口癖のように重ねた言葉が、この瞬間に真っ白になる。
「俺……俺、のこと、好きやから。嘘なんかやない、ほんまに……
………ずっと、だけ………好きやから」
それだけを繰り返す彼の腕に、暖かな感触が満ちていた。
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