「!」
その場にいた誰もが、目を見張ってそちらを見た。
それは、いまや公式の場では誰も呼ぶことを許されない名前。不敬罪に当たる発言をした当人は、かまわずまくしたてた。
「、目を醒ましなさい! 自分が何を言ってるのか判ってるの!?
いい、クラヴィスはわたくしに言ったのよ、滝の上で出逢った時、あんたを連れて逃げたかったって!宇宙なんてどうでもいいから、あんたに傍にいて欲しかったって!!
でも、あんたが気を張って女王にこだわってたから、後を追うことができなかったのよ。
あんたの選んだ道を甘んじて受け入れようとした彼を捨てて、自分だけ逃げるつもりなの!?
そんなこと、このわたくしがゆるさなくてよ!」
一気に叫んで、ロザリアはぜーぜーと息をついた。
候補時代、『つねに時と場所を考えた行動ができる冷静さを持っている』と彼女を評していたジュリアスが唖然として見守る中、ロザリアは私の肩をしっかりとつかんで諭すように言った。
「……わかるでしょう? あなたは、あなただけの『女王』になればいいのよ。
前例とか規則とか、そんな偶像に縛られなくていいの。クラヴィスの気持ちに応えることができないと思うなら、できるようにすればいい。
わたくしの知っているあなたは、それができる人間のはずよ」
私は二度、三度まばたきをし、おずおずと顔を上げた。
肩に置かれた手に、こわごわと触れてみる。
「…ロ…ザリア……?」
「」
「ロザリアぁ……………」
張りつめていた緊張が雪のように溶けて、視界をにじませてゆく。
あたたかな手を握りしめたまま、私はゆっくりとその場にしゃがみ込んだ。
「ロザリア…ロザリア、私、こわかったの……あのひとが望むような『女王』になれないんじゃないかって……ロザリアの方がよっぽど女王にふさわしいんじゃないかって……」
はらはらとこぼれた涙を拭って、ロザリアの手が私の顔を包みこんだ。
「ばかね。あなたはジュリアスやルヴァを感心させた、立派な女王じゃないの。
……ほんとは、嬉しかったんでしょ? 宇宙なんか投げ出して、クラヴィスの腕に飛び込みたかったんでしょ?
それを抑えて女王として振るまえたのなら、宇宙なんてへっちゃらで導いていけるわよ」
こくこくとうなずくしかできない私の頬を、最後の台詞がゆるませてくれた。
「さ、行きなさい。あなたならきっと、クラヴィスの力を取り戻させることができるわ」
「でも…でも、私、ひどいことを言ったわ。もう許してもらえないかも……」
「何言ってんのよ! わたくしと違って、あんたにはあそこまで想ってくれる人なんてもう現われっこないんだから!
こんな機会を逃すなんて、乙女としてあるまじき行為だわ」
ジュリアスの目が厳しさを増すのを承知で軽口を叩く彼女の優しさを、私ははっきりと感じていた。
「後のことは任せなさい。この有能なわたくしを信じられないなんて言わないでよね」
「うん! ありがとうロザリアっ、フラれたら一緒に遊びに行こうね!!」
「はいはい、トロトロしないで。ったくグズな子なんだから」
「陛下! お待ちください、行かせる訳には……!」
女王の冠を置いて謁見の間を出ようとした私に、やっと放心状態から抜け出した光の守護聖がつめよった。
「なんということだ、あなたには女王としての自覚がッ!」
「ジュリアス様、わたしクラヴィス様とお話しして参ります! ジュリアス様が心配してくださったこと、必ずお伝えしますね!!」
「…………!」
自分でも驚くほど簡単に彼をあしらって、私は部屋を飛び出した。
それでも、それは嘘ではない。以前の彼なら考えなかったろう、前例を無視した進言をするなんて。
大丈夫。きっとなにもかもうまくいくわ。
ふたりでいれば何も怖くない…いいえ、ふたりだけじゃない。
支えてくれる親友も、励ましてくれる仲間も、そしてもちろん最愛のあのひとも。
「クラヴィス様! わたし、あなたのことが好きです!」
こんなにたくさんの宝物を持った女王なんて、きっと私が初めてね!
FIN.
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