「……それで、今日はどこへ行こうっていうんだ」
ようやく宮殿を抜け出し、二人は安堵して歩調をゆるめた。
王立研究院の前を横切りながら、少女は瞳を煌めかせて彼を見上げる。
「あのね。こないだ言ったでしょ、また女王試験が行われるって!」
「お、お嬢ちゃん、声が高いっ」
慌てていさめると、あっと口に手を当てて照れ笑いをする。
「……ごめんなさい。これってまだロザリアしか知らないのよね」
ということはつまり、彼の上司である光の守護聖も、ということである。
オスカーは少女の信頼(?)に優越感と恐れおおさを感じて首をすくめた。
「試験に関係ある場所か?」
なぜ自分にそんな重要事項を話すのか、とは問わなかった。問うてもし、期待と違う答えが返ってきたらと思うと。
そんな無意識の葛藤には気づかない様子で、少女は頷いて声をひそめた。
「今度は、全く新しい宇宙を“育て”なきゃならないから、女王候補自身の成長のために教官を呼んだのね。その一人が今日あたり着いてるはずなの。
明日謁見の予定はあるんだけど、その前に為人を知っておきたいと思って」
派遣軍の総本部にいるはずなんだけど実は場所がわかんないの、と続けて、少女は期待するような瞳でオスカーを見た。
オスカーはわずかに微笑した。道順も知らないで、彼が一緒でなければ行かないつもりだったに違いない。
「派遣軍…軍人か。なるほど教官にはいいかもしれんが、候補のお嬢ちゃん方には厳しすぎるかもしれないぜ」
少し離れたところに見えてきた建物を示しながら呟く。
「大丈夫よ、気さくで優しい人って聞いたもの。それを確かめに行くのだけど……
それにしてもおっきい建物ねー。宮殿と同じくらいありそう」
「武器格納庫なんかもあるからな。聖地じゃ使うことなどないが、一応な」
「私がちゃんとしてないと困るってことね」
お気楽に笑う少女に苦笑して、オスカーは何か言おうとした。
が。
「オスカー様!!」
鋭い声が、二人の足を止めた。
見ると、ブルネットの髪をした美しい女性が表情を強張らせて立っている。
しまった、とオスカーは思った。その女性はオスカーの館のメイドであり、そして休暇であったはずの本日午後の約束を交わした相手だったのだ。
彼女にしてみればたまったものではない。オスカーが誰と歩こうが、何人と付き合おうが、それを承知で惚れた自分が文句を言う筋合いではないだろう。だが、今は自分と約束した時間なのだ。“重要な職務でもなければ女性との約束をたがえない”ことで有名なフェミニストが、いまここで他の女と歩いていることは、自分に対する侮辱としか思えなかった。
「……私とのお約束は、お忘れのようですわね」
彼の好みどおりに勝ち気な彼女は、じっとオスカーをにらみつけた。
「あ…、その、これはだな……」
オスカーにも立派な理由はあるのだが、それを説明することはできない。こういう状態で職務だと言って、どこの誰が信用するだろう。
掛ける言い訳を探す彼の横で、そのとき、少女が口を開いた。
「……ごめんなさい。私、宮殿に仕えてる者なんですけれど、まだ聖地に慣れなくて迷ってしまったんです。
そうしたら偶然この方とお会いして……ただ道案内をしてくださっただけなんです。
お約束があったなんて知らなくて、本当にごめんなさい」
すまなそうにぺこりと頭を下げられ、相手も悪い印象は持たなかったらしい。
「あ、あら、そうでしたの……こちらこそ、ついカッとなってしまって」
「いえ。炎の守護聖様はお優しい方ですから私なんかにも親切にしてくださいましたが、あなたのような美しい人とのお約束を忘れたりなさいませんよ」
『ただ道案内をしてくださっただけ』
『炎の守護聖様はお優しい方ですから』
『私なんかにも親切にして』
フォローしているつもりなのはわかるが、これではとどめを刺しているだけである。
他の女との約束を知られたことよりも、流暢に出る言葉と平然とした態度にオスカーはショックを隠せなかった。
少女は彼を振り返り、にこっと笑って頭を下げた。
「……お手間を取らせて申し訳ありませんでした。もう道はわかりますから、あとは一人で行けます。
ご案内ありがとうございました」
「……!」
一礼して施設の方へ歩き出す少女を呼び止めかけて、オスカーは小さく唇を噛んだ。
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