「…………はい?」
受け付けの士官は、驚いたように目の前の少女を眺めた。
「すみません……何とおっしゃいましたか」
聞き直す言葉にため息をついて、繰り返す。
「宮殿からの使いで来たのですが、ヴィクトール様という方がこちらにおいでになっていないでしょうか」
「ヴィクトール閣下……ですか」
いぶかしげな目で検分する。
彼がここにいることは、軍部と女王だけが持つ情報である。それを知っていて使いに来るということは、女王の限られた側近としか考えられないのだが、こんな年端もいかない女の子がその使者だというのだろうか?
少女は少し後悔していた。目立たないように、顔を見知った人間に会ってもごまかせるような服装をしてきたのだが、それが不自然さを招いたらしい。
こんな事なら本当に小間使いの服を着てくればよかったな、と思いながら、少女はせめて被っていたショールを外した。
……それがますます士官に不振を感じさせたようで、彼は後ろに控えた警備兵に目配せし、形だけは丁寧にお辞儀した。
「ここではなんですので、別室でお話をお聞きします」
あーあ、と少女はまたため息をついた。
◇ ◇ ◇
それから15分後。
「……すまん。少し訊ねたいんだが」
「あ、これは炎の守護聖様!」
オスカーが息を弾ませながら受け付けに呼びかけると、がたがたっと椅子を鳴らしてあたりにいた全員が立ち上がった。
「こんなところへおいでになられるとは……どのようなご用件でしょうか」
軍人、それも下っ端の敬語をなんとなく卑屈に感じるのは、今の心境が悪いからなのだろうか。
敬礼する彼らを一瞥しながら、オスカーはそんなことを考えた。
「今日、ここに招聘された軍人が来ていると思うんだが、調べてくれないか。
たぶん理由は明らかにされてないはずなんだが」
「は、はい……少々お待ちいただけますか」
「そうだ、それよりも、先にここへ金色の髪の女性が来なかったか」
は、と問い返しかけて、士官はぎくりと顔を強張らせた。
軍部に来る女性などそうそう多いものではない。まさかさっきの、と考えて青ざめる士官を見、オスカーは何事かを悟った。
「……どうした。彼女をどこへやったんだ、答えろ!」
「もっ、申し訳ありません、行動に不審が見られましたので別室へ……」
「なんだと!?どこだ、どこに行かせた!」
「す、すぐご案内しますっ」
あたふたとカウンターを出て、士官は早足で歩き出した。
オスカーは無言でその後についてゆく。
「申し訳ありませんでした……お名前もおっしゃらず、どこか不自然な感じがしましたので」
それはそうだ、と思っても、鷹揚に許す気にはならない。
「ま、まさか守護聖様のお知り合いとは存じませんで、……あの、もしかして奥様というわけでは……」
取り繕おうとするあまり余計なことを、士官は口走った。
「馬鹿な! あの方は 」
全宇宙を司る、と言いかけて、思わず押し黙る。
お忍びだからとかそういうことではなく、ただそれを確認したくなくて。
「…………俺が一方的に懸想しているだけだ」
それが事実であることに憤然としながら、オスカーは口の中で呟いた。
彼が部屋に入ると、椅子に座っていた少女はぱっと顔を輝かせた。
「オスカー! ……様」
「陛っ……、いえ」
二人とも呼びかけをはばかるように、出た言葉を言い直す。
「………ひどい目に遭わせてしまいまして、申し訳ありません。目的の部屋はわかりましたので、参りましょう」
言いながら、オスカーはわずかに眉をひそめた。
少女の表情が微妙にひきつった気がして。
「もしくは……このままお帰りになりますか?」
「いえ、行きます。 オスカー様、この方たちは職務を果たしただけなのですから、責めないでくださいね。
きちんと礼儀正しく遇されましたし」
「は、お言葉とあればそのように」
さらりと立ち上がって部屋を出る少女を、オスカーは『話は後だ』と士官らを威圧してから追った。
「本当に、申し訳ありませんでした。心細い思いをおさせしましたか」
「私が? いえ、全然!」
明るい言葉が返ってくるとは思わなかったので、驚いて後ろ姿を見つめる。
「……そうですか」
気の抜けた声で答える彼に、
「だって、オスカーが来てくれると思ったもの」
「!」
くるりんとスカートをひるがえして背中で手を組み、少女は無邪気に笑った。
「ね、オスカー。明日は謁見のあと暇なのだけど、わたし馬に乗りたいな」
オスカーは苦笑した。
約束をたがえたまま追いかけてくるのがどれだけ大変だったか、このお嬢ちゃんはわかってるんだろうか……。
困った方だと思い、軽く頭を振る。
「……陛下のお望みのままに」
明日に繰り下げた約束を、どうやって破棄しようかと悩みながら。
FIN.
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