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  愛しさの理由 1 

「外に行きたい」
「………は?」

いきなり投げられた言葉に、オスカーは報告書から目を上げて少女を見た。

ある惑星の調査から帰還した炎の守護聖は、その経緯と結果を報告するため、何をするより先に女王へ謁見を申し入れていた。
しかし、謁見室へめずらしく補佐官を伴わずに来た彼の女王は、オスカーが口を開く前に先制して言ったのだ。

「外に行きたいのっ」
「そ、外と申されましても……」

困惑して、オスカーは憮然として座っている彼女を見つめる。

「……陛下におかれましては、何か思うところがおありですか」

やっとそう訊くと、少女は玉座を降り、てくてくと彼に近づいて来た。

「へ、陛下っ」
「聞いてくれる、オスカー。あなたが聖地を出てから、ジュリアスってば私を一歩も外へ出してくれなかったのよ!
 女王たるものがみだりに出歩くものではないとか言って……私よっぽど言い返してやろうかと思ったわ、いつも出てるのよって」
「………おやめください」

オスカーは思わずうつむいた。少女はにっこりと笑って、ひざまづいている彼の顔をのぞき込む。

「怒られるかしら?女王の警護を司る者が、私を外へ連れてってくれてるって知られたら。
 ……でもオスカー、私はお飾りの女王にはなりたくないの。全宇宙は無理でも、せめてこの聖地のことは把握しておきたいのよ。
 それも、紙の上ではなく自分の目と耳で知りたいの」
「わかっております、陛下」

わずらわしげに正装のドレスをまくってしゃがみ込む少女を前に、オスカーはようやく笑顔を見せた。

「陛下のそのお気持ちはご立派です。ですが、ジュリアス様の言も陛下を心配なされてのこと。
 お分かりだと思いますが……」
「ええ、だから今までおとなしくしてたの。あなたが帰ってくるまでは、ね。
 連れてってくれる?」
「………………」

一瞬だけオスカーは迷い、ため息をつくと、肩をすくめて少女の手を取った。

「……お嬢ちゃんの頼みとあれば、聞かないわけにはいかないだろう?」
「ありがと、オスカー!」

太陽のような笑顔が、彼の瞳を細ませた。

 

◇     ◇     ◇

 

「……しかし、お嬢ちゃんには参ったな。俺がいない間、そんなに窮屈だったのか?」

人通りの少ない通路を選びながら、オスカーは少女と並んで歩いていた。
いつ誰に聞かれるかもわからないので、口調は崩したままである。
いつものように警備兵を下がらせ、目立たない服装をした彼女を伴い宮殿を出る慣れてしまった手並みに少し苦笑する。

「窮屈ではなかったけど……そうね、オスカーがいなくてさみしかったわ」

うっ、と言葉に詰まり、彼は無言で首を振った。
彼女といると、自分のいつもの瀟洒なセリフが全く効を奏しない。
何というか、あまりに素直に反応されるので調子が狂ってしまうのである。


彼女は、オスカーが全力を傾けて陥とせなかったただ一人の女性であった。
試験時、彼は少女を口説こうとあの手この手を試みた。だが、何を言ってもどこを誉めても彼女は嬉しそうに笑うだけで、それ以上の反応を見せようとはしなかった。
彼女が女王として即位することが決まったとき、彼の心には落胆と妙な納得が浮かんだものである。

女王になるべき彼女ならと、彼は説得をあきらめた。もとよりさほど真剣にその恋を切望していた訳ではない(と自分では思っていた)し、どのみち即位する彼女をどうこうすることなど不可能だった。
彼女は女王として、『仕えるべき存在』になってしまったのだ。自分には、臣下として敬意と忠誠を捧げることしか許されない。

………はずだったのだが、しかし少女は女王になっても変わらず彼に接し、無防備な態度を崩さなかった。
私室に呼び出し、候補時代のように自ら茶を煎れ、他愛もない雑談に興じる。
忘れもしない私室に呼び出された最初の日、正装の彼が緊張してドアを叩くと、女王はなんと私服(しかもお気に入りのミニスカート)で自ら応対に出てきたのだった。

最初は面食らい、礼節を守って対応していたオスカーも、それが続くにつれいつのまにか慣れてしまった。
恋人にも臣下にもなりきれない自分が多少気になったが、それよりも彼女の傍にいて頼み事をされるのが自分だけであることが嬉しかった。
……そういう純朴な感情自体、いつもの彼にはそぐわないものであることに、オスカーは気づいてはいなかったが。


「光栄だな、女王陛下にそう思ってもらえるとは。だが気をつけてくれよ。
 俺が罰を受けるのはかまわんが、無用な心配を呼ぶのはしのびないからな」
「うん、わかってる。私には身を守る義務があるのよね。
 でもホントは、オスカーがいてくれれば心配なんてないと思うんだけど」
「……これは嬉しいことを言ってくれるな。なに、女王陛下をお護りするのは守護聖としては当然のことさ」

責務だからと言わんばかりの口調を、オスカーはわざと連呼した。
これで少女が不機嫌になったり傷ついた表情をすればこっちのものである。
大げさに否定して愛の言葉を囁けば、揺らめかない女性はいない

「それに、オスカーなら見知らぬ女の子と歩いてても不自然じゃないしね」

……無言だったのはオスカーの方だった。

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