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  THE ANOTHER STORY -SIDE QUEEN- 2 

宮殿裏の森を抜けたところに、ちいさな湖があった。そこは聖地の東にある“森の湖”の滝の上流にあたり、下よりも更に美しい場所だった。
迷いの森からの道を知っているのは、私と…私にここを教えてくださった、あのひとだけ。
ロザリアに内緒で散歩に出るたびに、会えるかもしれないという想いが足をここへ誘ったけれど、それは淡い期待のままで終わっていた。

陽が中天を過ぎた湖畔に人の姿は見えなかった。もはやそれで気を落とすこともなく、若草の生い茂る地面に腰を下ろしてぼぅっと水面を見つめる。
清浄な空気が心地よく肌をなで、陽光が身体にしみこんでいく。
そのままいくばくかの時が過ぎ、景色に和んだ私が草を払って立ち上がったとき、突然歩いてくる人の気配がした。

「!」

とっさに側の茂みに隠れ、息を潜める。まさか来るはずがない、とは思っても、視線はその方向から離れてくれない。

「………!」

叫びたくなるのを辛うじて抑え、私は息を飲んだ。そこには、私が告白をしたときのままのあのひとがいた。
すこしだけ速い呼吸をして、あたりを見回すあのひと。クラヴィス様!

「……いるはずがない…か。」

呟いても、立ち去ろうとはしない。衝動を噛み殺しながら、私は必死で自分に言い聞かせていた。
ここで姿を見られただけでも充分幸せなのだと。女王としてではなく、この瞬間だけはただの少女に戻れたのだと。
そう心を落ちつけた私に気付かないまま、あのひとはぽつりと口走った。

「アンジェリーク。私は、おまえを……愛している。」


頭の中で、漆黒のベールが全てを覆った。

 

◇     ◇     ◇

 

「あなたが守護聖としての職務を全うされることを願っています」

瞬間、見えない何かがぷつりと音を立てて切れたような感じがした。
その時初めて、半ば機械的に進みでて厳しい顔で言い放った自分に気付く。

「……………。」

あのひとは何も応えなかった。深い紫の瞳が日に翳って、闇の色に染まっていた。

「人の上に立つものは、一つのことに特別に心惹かれるようなことがあってはなりません。それは守護聖とて同様のはず。
 候補時代、そう諭して下さったのはあなたではありませんか」

非難めいた口調に内心はっとして、言葉を続ける。

「あの頃の私は、それがわかっていなかった。自分が試験のために召喚されたのだという自覚が足りませんでした。
 女王となった今、あれは統治者としての自分を初めて実感した時だったと…思っています」

言えば言うほど嫌味っぽくなってゆく気がしたが、口を閉じることはできなかった。
沈黙ではきっと、自分を偽ることはできない。
きっと、取りすがって泣いてしまう。捨てたはずの感情に流されてしまう。
そんなことは、この世界を統べる者として許されることではない。

「女王の下で宇宙の平和と繁栄を支えるべきあなたが、君主に対して考える事ではありません。
 今の言葉は私の心の内だけにとどめておきますから、もう二度と世迷いごとを放言しないように」
「……そうか。それがおまえの本心だというのなら、私は勧告に従おう。
 だが、表面をごまかすことはできても想いは曲げられるものではない」

寂しそうな、傷ついた表情を隠さず、あのひとはまっすぐに私を見つめた。

「おまえを愛している。以前同じ事をおまえに告げられたとき、私はまともに取り合おうとしなかった。それは、愛していなかったからではない。
 私は恐かったのだ。おまえがいつか離れていくかもしれない、私のことを好きでなくなる日が来るかもしれない、と。この私が……」
「やめてください! もう終わったことです、どうしてっ…どうして今頃…!」

思わず声を荒げて、私はかぶりを振った。金色の髪がばさばさと舞って、濡れた頬に散ってゆく。

「私が…私がどんな気持ちで、今まで……せめて女王として認められたいって、それだけを考えて…頑張ってきたのに。
 …クラヴィス様がエリューシオンに力を贈ってくださっていたのは、私の方が女王に相応しいと思ったからではなくて………!」

そこでやっと、私は我に返った。抑えようもない絶望が、細胞を侵食している。
愛していたと知らされても、今の私には喜びよりやるせなさが先立ってしまう。すでに即位している身で、今更どうすることができるだろうか。……そのうえ、唯一の心の支えさえも失くしてしまった。

結局私は、女王候補として誰にも支持されていなかったのだ。

「……っ…女王である私の、命がきけないというのなら。守護聖である資格はありません」

限界を遙かに超えた感情が体中を駆けめぐる中、そう言い捨てて私は逃げるように走り去った。

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