「…………」 
 
ぜいぜいと荒い息をつきながら、少女は彼から数歩のところで立ち止まる。 
彼は何も言わず、穏やかに微笑んでいて。 
その様子からは、確かなことは何も読み取れない。 
 
だけど。 
もう一度会えただけでも、嬉しい。 
 
「…………あの」 
息を整えて、少女は口を開いた。 
話しかけてから、何を言ったらいいのか悩んでしまう。 
「し、私服。初めて見ました!」 
逡巡したあげく、出たのはそんな言葉だった。 
彼は初めて表情を動かし、苦笑して言った。 
「ああ。いつも店でしか会ったことないから……カッコいいでしょ?」 
「はいっっ!!」 
思わず気負って答えてしまい、その意味に気づいて慌てる。 
義人は苦笑したまま、少女の後ろに目をやった。 
「……それより、いいの?なんか目立ってるけど」 
「え?」 
振り向くと、彼女のクラスも含めて、校門側の教室すべてから無数の視線が自分たちに集まっている。 
「あ……」 
その時初めて、少女は自分たちの状態に気づいた。 
「や、やだ……恥ずかしい」 
「ね。みゆうちゃんのクラスも、あの中にあるの?」 
「は……は、い」 
赤面する少女をよそに、義人は学校に目をやると、一瞬だけ目を閉じて息をついた。 
 まるで、心を決めるかのように。 
 
「じゃ、行こうか」 
当たり前のようにそう言われて戸惑い、少女は初めて彼に尋ねた。 
「……あの?行くって、どこへ? 
 それに、今日は……あの……どうして、ここへ?」 
その問いに、彼はもう一度苦笑した。 
「どうしてって……迎えに来たんだよ」 
「え……?」 
あっけにとられ、意味が理解できない少女。 
「……君をね?」 
その様子に、念を押すように義人は言い、彼女のすぐ目の前まで歩み寄った。 
 
「気持ちの整理がついたから。君は本日をもって、俺の彼女になる。……OK?」 
ばさり、と。 
持っていた大きすぎる花束を、差し出す。 
「ちなみに、返品はきかないよ。君が嫌だって言っても貰ってもらうから」 
その赤いバラの花束を、受け取ることなく。 
少女は身体ごと、彼の胸に飛び込んだ。 
 
「マスターさん……!」 
 
この期に及んで、そんな呼び名で自分を呼ぶ彼女に。 
義人は笑って、その顔を上向かせた。 
「できたら今は、名前で呼んでほしいな。せっかく格好つけてるんだから」 
ぐすぐすと涙声になりかけている少女が、一生懸命にうなずく。 
「は、はい。はい。……義人さ……」 
ぐい、と引かれて、声がとぎれる。 
 
そのまま。 
校門のど真ん中で。 
学校中が、見ている前で。 
 
「…………!!」 
 
少女は、彼に抱き上げられていた。 
 
「どう?お姫様気分?」 
尋ねる彼の呟きに、クラスからのどよめきが重なる。 
これ以上ないくらい顔を赤く染める少女の耳に、義人は甘くささやいた。 
「このまま 時間を止めてしまおうか?」 
そう言って、寄せかけた唇が。 
張り上げられた声に、止まる。 
 
「こらー!あんまり見せつけるんじゃないよ! 
 みゆうを倖せにしなかったら、承知しないからねー!!」 
 
彼女の親友の命令に。 
義人は極上の笑顔で、小さく手を振って見せた。 
FIN.  |