卒業式を控えた校内は、不思議な雰囲気に満ちている。 
 
「みっゆう!オハヨ〜!」 
いつもと同じように、奈津実が少女の肩をたたく。 
「……おはよ……」 
親友の明るさとは逆に、この上なく暗い雰囲気を漂わせて、少女は挨拶を返す。 
「うわ。みゆう、どしたの?」 
その表情を見て、奈津実は大げさに驚いて見せた。 
「……どうもしないよ」 
「どうもしないって、その顔」 
「なによ」 
あきれたような親友の口調に、問い返すと。 
奈津実は歯に衣着せぬ言葉で断定した。 
「すごい、ブサイク」 
「…………もうちょっとマシな言い方ってないの?」 
憮然として、少女は鞄を机に放り投げる。 
その後ろの席に着きながら、奈津実は首を傾げた。 
「だぁって。目は真っ赤だし、瞼なんてすごいハレてるよ。顔もむくんでるし…… 
 なんかあったの?」 
「 なんでもない」 
明らかになんでもなくはない少女が、そんな風に答えるときはいつも、自分の気持ちが整理できていない証拠で。 
奈津実はそれを、無理に聞き出そうとはしない。 
「そう。……でも、いつでも話してね?」 
ただ、それだけを告げて。少女の心を少し軽くしてくれる。 
「ありがと。なつみん」 
感謝をこめて、少女は小さく呟いた。 
 
「HRを始める!」 
 
担任の声が響き、教室のざわめきが一瞬にして収まる。 
「本日は卒業式だ。この一年間に、色々あったが、君たちは氷室学級の生徒として申し分ない成果を上げてくれたと思う」 
普段、厳しい苦言が多い教師の満足げな言葉に、教室が一瞬だけささめく。 
それを戒めるように、彼はコホンと咳をした。 
「三年間、君たちはこのはばたき学園で、様々な体験をしてきた。学業や部活、私生活でも、学ぶことは多かったろう。 
 ……私も、君たちと共に様々なことを学んできたつもりだ。貴重な経験をさせてくれた君たちに、感謝を伝えたい。ありがとう」 
それは、聞き慣れた皮肉ではなく。 
真実、そう思っていることが分かる言葉。 
教室を取り巻く静けさが、少し雰囲気を変えた。 
 
「………くさっ」 
ごく小さい声で、少女の後ろから呟きが聞こえた。 
まったく感動していないわけではないけれど。 
素直に涙ぐむには、彼女の立場は複雑だったから。 
「ま……ヒムロッチも、最後はイイヒトで有終の美を飾りたかったんだね」 
憎まれ口を叩く声音も、いつもとは少し違って。 
少女は、くすりと小さく笑った。 
それが聞こえたのだろう、奈津実はつまらなそうな表情をして、ぷいと顔を背けた。 
 
「 あれ?」 
よそ見をした奈津実が、ふと、声を上げる。 
「み、みゆう!」 
慌てた様子で前の席の少女を引っ張り、振り向いた少女に窓の外を示す。 
少し困った様子で、教壇を気にしながらそれに従った少女は、次の瞬間ガタンと椅子を蹴って立ち上がった。 
 
「………!!」  
「ね。あれってもしかして、サ店の……」 
「こら、藤井、小沢!何を騒いで……お、おい!」 
「みゆう!」 
 
もう、誰の声も聞こえず。 
少女は、教室を飛び出した。 
 
短い髪をなびかせながら、少女は全速力で走る。 
上履きを履き替えもせず、昇降口から飛び出して。 
校門に向かって、一直線に走った。 
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